瀬戸際の善後策

なんだかんだで切羽詰まった感がないと人は大きく変わることがありません。かといってその緊迫感は特に苦しいものや悲しいもの、そして辛いものでなくても構わないという感じになります。

以前、学生の課外活動に関するNPO法人の人に相談されたことがあります。

「どうすれば大学生により良い経験を与えることができるでしょうか?」

「焦る状況を作ればいいんじゃないですか?」

そんなことを提案したことがあります。

焦る状況を作るといっても、いじめるようなやり方ではありません。

僕は19歳の時に行ったハワイでの冒険についてお話をしました。

現代では海外旅行や海外留学なども敷居が低くなり、友達と海外旅行とか語学短期留学のようなことをする人が結構いるということを聞きました。

ここ数年で出会った何人かの大学生は「僕は海外経験がないんです…」なんてなことを言っていたので、海外に行くこと自体が一種の経験ステータスのような感じになっている風潮があるようです。

しかし何事もそのような「上っ面」で物事を判断するわけにはいきません。

例えば、フェラーリを乗っている人だからといって、その状況を見ただけでその人をそのまま評価する訳にはいかないからです。それは詐欺で得たお金で購入したものかもしれませんし、単に親御さんから買ってもらったものかもしれません。肩書が「専務取締役」などであっても、名前だけかもしれませんし、そうしたものでその人の本質は測れないのです。

そういうわけで「海外経験」などといっても、その経験自体がどのようなものだったのか、というところが肝心です。

安全が配慮され尽くした状況で単に海外で遊んだことがある程度ならあまり意味はありませんし、それが親御さんのお金でやったことならなおさら意味がありません。

そんなこんなで、「焦る状況」とは何かということを考えた場合、単純に誰のせいにもできず、簡単なやり方で誰かに助けを求めるということができない状況で、それを自力で突破するということが求められる状況が理想的です。

ということで、例えば海外であれば困った時にコーディネーターみたいな人のお世話になれるということならば、あまり意味がありませんが、道端の人に現地語で助けを求めねばならないという状況で、それをやってみるということならば意味が出てきます。

そう言えば弟の友人で、単身中国の内陸地方に旅立った人がいるそうです。もちろん現地の言葉など全く知りません。

「それでも何とかなるだろう」

という謎の楽観で現地に赴いたそうですが、なんだかんだで2週間ほどで何となく言葉が通じる程度まで現地語を習得したそうです。

「経験値が積み重なっていくとレベルアップする」

ということを考えると、彼のそんな経験は「はぐれメタル」並に高経験値を稼ぐことができたという感じになります。

簡単に手に入れることができるものは、その簡単さに応じてあまり役に立ちません。でも簡単であっても抵抗感があることであれば、やる人が少ない分その経験は強みになっていきます。

お金で簡単や安心を買うことはできますが、それに比例してその経験はあまり役立たないものになっていくのです。

わざわざ意味のないリスクに飛び込む必要はありませんが、周りにお願いして「安全ルート」を用意してもらおうとすればするほど、獲得できる経験値は低いものとなっていきます。

そうして安全ルートに慣れきった人が、歳を重ねてくたびれた勤め人になったり、結婚相談所のお世話になったりしているのだと思っています。

しかしながら安全ルートに慣れきった人たちで溢れているのなら、逆に自力で何かをやってきた人たちは有利になります。

レベルが全然上っていない人たちの間で、何かを自力でやり続けてきた人たちは一騎当千の力を持つことになるのですから当然です。

メールのようなやり取りで、「ちょろちょろ確率をあげよう」なんてなことをやっている人たちの中にあって、形振り構わず直接会いに行くようなことができる人がいたとすれば一人勝ちです。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語のみ