張本人の付焼刃

事態をそれ以上に大きくしないためにと、何かが起こった時の事後対策として様々な工夫が凝らされたりもしますが、そうしたものの必要性自体は理解できるものの「うまくごまかす」という方向性ばかりを勧める人たちもいて、遺憾に思うことも多々あります。

そういえば先日、某会合に参加したのですが、その会場となっていた飲食店はひどいものでした。なんだか比較的最近にオープンしたような店はほぼ例外なくひどさがあるような気がしてなりません。

おそらくその要因としては、コンセプト的なものばかりがもてはやされ、サービスの根幹部分が蔑ろにされているからでしょう。

なんとなく、新規店舗はある程度形式化されつつあり、あるアルゴリズムのようなものにさえ沿えば、そのパーツパーツ自体にはクオリティを求めないというような感じの風潮があります。

端的にいうと、メニューや店舗設計、広告戦略などはそれっぽいコンサルなんかが企画設計をして、あとは大雑把に若いアルバイトの人達を配置すれば良いというような風潮です。

そうした感じで「型」ができつつありますが、やはりそうした中では「サービス」というもののクオリティは保たれません。

なぜなら、そうしたスタッフの人たちは、近視眼的に定められた業務をこなすことだけしかできないからです。

そしてそうした部分を埋めるべく、広告などによる演出でごまかしているのでしょう。

ファストフードなどの店舗であれば、そうした設計、分業のあり方もかなり綿密に設計されているので特にトラブルは起こりにくかったりしていますが、よくわからない新規店舗は、悪いところだけかき集めたような店が多く、そうしたものを空間演出などでごまかしている感があります。

例えば、先日行った店では、参加者が大人数だったからか、きめ細かやかなサービスというものは皆無でした。

飲み物がボトルでだけ持ってこられる形で、グラスを持ってこなかったり、グラスを注文しても何故か人数分のグラスがやってこないというような具合です。

一気には持ってこれない量だと思うので、分割して持ってくるのだろうと思っていたら、ある程度のグラスを置いたあと、そのスタッフの方は別の席の接客に向かい出すと言う感じでした。

本人の中では、既に求められていることをやり終えたと言う感じなのでしょう。

そうした光景を見て、頭が悪いとか、接客業としてなっていないとかそうしたレベルではなく、本当に知的な障害があるのではないかとすら思ってしまいました。

しかしながらその一方で、別の席にいるお客さんに対しては、「誕生日祝い」的な感じなのか、照明を消して爆音で音楽をかけ、ケーキに花火を乗せたようなものをプレゼントしにいったりしていました。

僕の感覚としては、それ以前のサービス品質の方が前提となるはずだと感じましたが、そうした極端なイベントごとのほうが人に受けるのでしょうか、一応その店はそれで成り立っていたようでした。

別にサービスの質をごまかすつもりもなく、自分たちの中ではそうしたスタンスを貫くという感じなのでしょう。

ただ、その感性を僕は理解することができません。

人を喜ばせたいのかそうでもないのか、というところがはっきりわかりませんが、その人達なりの表現なのでしょう。

ごまかすつもりもなく、あるところは抜けていて、あるところは必要以上に配慮しているという変なアンバランスさを感じましたが、そんな感じでも需要自体はあるのでしょう。

僕が個人的にそのお店を利用することは永久にありませんが、「そんな感じのところもあるんだなぁ」という変な経験をしました。

価格がそこそこの店でも、外で食べるとそんなことがよく起こるので、基本的に会合などでない限り外食はしないという理由はそんなところにあります。


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