大立者の十八番

「君子豹変す」なんてな言葉もありますが、社会においてもその人自身においても、時に大掛かりな舵切りをする時があります。

「じわじわ様子を見ながら」というやり方は一見リスクが無いように見えますが、「交差点で停止線からチョロチョロ進む車」のような危なさがあります。

そういえば交差点で思い出しましたが、以前信号待ちをしていたところ、後ろから「ガーシャカガーシャカガーシャカ」と聞こえてきました。

テンポ的にはテクノ的なやつです。

「ふう。爆音を垂れ流しながら走る車が来たか」と思っていたのですが、そんなことを思っていると隣に「出前のカブ」が停止しました。

エンジン周りがおかしかったのでしょうか、出前のカブが荷台の出前籠から「ガーシャカサウンド」を垂れ流していた、という感じでした。

「平和やなぁ」

という感じでした。

さて、大物たるものに必須と言えるのが決断力ですが、生きている限りどんな時でも選択の連続ではあるので、決断ということ自体から逃げることはできません。

買うということも決断なら捨てるということも決断です。

ということで、トレードの世界やビジネスの世界を筆頭に「損切」ということができないと勝ち上がっていくことは難しくなります。

だいたい傾いた企業がよくやるのが人員の整理です。世間で言うところのリストラであり企業における損切です。

ただよくよく見てみると、株の取引やFXなどの損切と異なり、感情の面や体制の維持などなど、数値だけでは測れない要素があるので厄介です。

特に個人レベルの金融投資の世界では、単に数値としてしか見なくて良いという面がありますが、企業の場合はいろいろな要因が複雑に入り組んだりしています。

数値上は損切をしたくても、全体的な士気の低下なども起こり得る可能性がありますし、もっともっと全体的、中長期的な視点で決断する必要が出てきます。

しかし人は良いことも悪いこともなんだかんだですぐに忘れます。

「リストラされる」と恐怖心でいっぱいな時は必死で抗いますが、そうしたこともある程度の時間が経てば風化されていったりします。

できればそうした首切りのようなことはしたくありませんが、「まだローンもあるのに急にそんなことを言われても困る」と言われても、会社がその人のその時期の都合に合わせることで、会社全体が壊れてしまえば文字通り元も子もありません。

どのような会社でも否が応でも社会は変化していくので、扱っている製品やサービスが時代にそぐわなくなったりしていきます。

人が多い企業のことを「安泰だ」と思う人も多いような気がしますが、人の多さはリスクの高さも意味しています。

なぜなら今の需要、今の事業体で必要な「人の量」も環境の変化で必要ではなくなる可能性が高いからです。

たくさんの人を抱えるということは、その人達の賃金などを賄うだけの稼ぎが必要になります。

しかし時代が変わり、今の形態では働いている人全員の賃金を賄えないほどにまで売上が低迷してしまうこともあります。そうなるとだいたいは規模を縮小していくしかありません。

それで人が余った時に、その人達の賃金をまかなえるほどのお金をいきなり別件で稼いでいけるのか、というとそれがなかなか難しかったりします。

実際の経済活動、経営状況で言えばもうその部署は縮小、もしくは撤退せざるを得ないのに、「雇用」という関係の柵の上ではいろいろな縛りがあるため、すばやく舵を切りたくても時間がかかったり、トラブルになったりもしやすいという面があります。

つまり単なるデジタル的な情報にしかすぎない株価などとは異なり極めて流動性が低いという意味で、人が多いことはかなりのリスクです。

「たくさんの人がいて安心」ではなく、「たくさんの人がいるから環境が変わった時のリスクがでかい」です。

「せっかく頑張ってやってきたのに」

と思う人もいるでしょうが、それならば、もう事業としては成り立たなくなった部分を穴埋めするだけの稼ぎを、自分一人の分でもいいので稼ぎ出せるのか、ということです。

もしそれができるのならば、自営業をやればいいだけですし、そうでないのならば、もはや無用の長物です。

「自分の今のスキルや経験など、もしかすると無用の長物になるかもしれない」

ということを見切ることができたかできなかったという、その人個人の生き方としての投資の成功と失敗という感じになります。

特にいかに大企業にいようと、単なる事務をしていたという場合は、単なる「流れ作業要員」としてしか見なされない場合がよくあります。

毎日毎日やってくる「処理すべき事柄」を同じやり方で処理していただけという要素が強ければ強いほど、スキルとしては評価されないことは明白です。

特にそうした分野がその企業で「あまり人が必要ではなくなった」という感じになった場合、その他の企業でも同じことが起こります。かつてのコンピュータの導入が良い例でしょう。

「できれば切りたくない」

いちおう普通はそう思います。

でも、そんな事は言っていられない人の気持ちも考えてあげねばなりません。

周りの企業が事務処理コストを削減し、その分の低価格化を実現して価格競争力をつける中、「うちはコンピュータを導入せずに人の雇用を守ります」と言っているとどうなるかはだいたい予測ができるはずです。

別にそれは冷徹なことでも何でもありません。

元々、人は最低でも一人で自分の分くらいは利潤を生み出す能力をつけるべきであり、あえて合理性を考えて協力しているというのが本当のところです。それは原始時代から変わっていないはずです。

そして歴史的な目で見れば、その能力があった人たちの子孫だから今の時代を生きているという感じのはずなのですから、誰でもその素質を持っているはずです。

ということで、そうした決断をした取締役たちに非難を浴びせるのはお門違いということになります。

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