地元的固定性と都会的流動性による安定

不測の事態に強い事業のあり方として、常連さんお得意さんで構成される地元的な固定性と後の常連さんを作りまた時代への適応を意図するような流動性という視点から「安定」を考察することができます。

単純なモデルとしては、常連さんお得意さん地元だけでも成り立ち、かつ、一見さん一過性、全国的なものでも成り立つという両者を合算して高い収益性を上げるというような感じです。

人件費を含めた最低限の固定費的なものをそれぞれ各自一方だけでもまかないきれる状態にしておき、もう一方の分はそのまま利益という感じの状態になれば、時代の変化で常連さんが廃業という事が起こっても成り立ち、また、逆に不測の事態で一見さんが途絶えてもとりあえずは成り立つという感じになります。

固定客、地元に特化しているのが地方業者であり、一見さん、時流というものに特化しているのが都市圏のあり方ですが、それぞれに強さと弱さがあります。

首都圏的な偏見

経営論が世の中に説かれる時、その大半は「東京的なもの」という感じになっています。まあいわば首都圏的なものという感じです。もちろん地元が東京という場合もあるので、ここでいう首都圏的なものというのは、寄り集まりで形成されたものという感じです。

「自由に好きなことを」というのは良いですが、それは首都圏という人口の多さがそれを叶えているという部分を無視しているフシがあります。

何事も、特異性のあるものに響く人というのは一定割合いるので、変な事業であっても成り立ったりすることはあります。しかしそれは一種の確率論であり、人口のうちの何%という尺度がどこからしらにあります。

そしてそれをカバーするだけの母数があってこそ「自由」や「好き」だけでも成り立つという感じになっています。

全く同じモデルを地方に持って行っても成り立たないということはよくありますし、現代ではインターネットによってインターネット利用者という領域で母数をある程度広げることができるので成り立つ事業もあります。

しかし基本的にはある程度の人の数がないと全体としての事業は成り立たないという感じになっています。

事業として提供するサービスが「完全に間違っている」というわけではないのですが、お客になり得る人の数が少なすぎるということで成り立たないということになっているものもよくあります。

なので何かしらのビジネスモデルについて「できるよ」と安易に言うのも結構ですが、但し書き的な条件や解決しなければならないフィールドを無視して、自己啓発に洗脳されたかのように「私にはできる」とするのは「首都圏的な偏った見方」を見落としているだけという感じになっています。

「東京で流行っていることを地元でも」というようなものについては「無理ではないが極めて難しい」という方が理に適っているということになります。

「自己評価を下げるな!」とか「可能性を潰すな!」といった感じで猫も杓子も「できる」と安易に言ったりする人たちもいますが、そうした事実を示すことは潰すということではなく、実質的な応援になります。

安定はあってもチャンスが少ない地元

地元業者というものは、継続的な取引があったりするのである程度の安定があったりします。しかしながら、先代からの引き継ぎで経営している人も多く、いわば地盤のようなものが旧友のようなもので固められており、新規事業者は入り込みにくいという特性を持っています。

個人的には地方の二代目三代目などが「〇〇のドン」といった感じで花街を肩で風を切って歩く感じにゾッとしたりもしていますが、そんな人達でも成り立っているということは、安定感があるわけです。

しかしその安定には新規事業者は中々食い込めません。体育会系的に某経済団体で朝まで飲み会に付き合って数年を経てという感じになってしまったりします。

それらは地元愛と言うよりも、井の中の蛙であり、何だか嫌だなぁと思う部分もありますが、少なからず安定収益があるわけです。

地元への依存がもたらすリスク

ただ、そうした地元のネットワークも、少し意味は異なりますが連鎖倒産のように崩れていく場合もあります。

地元10社を取引先としていて成り立っていたものの、そのうちの3社が「もう歳だからこの代で会社は畳みます」とか「時代にそぐわない」と事業を畳んでいったりすれば、資金繰りがままならなくなったりもするわけです。

で、不足した部分を補おうにも地元に依存していたのだから新規での需要もなく、かといって他のことに手を出すような投資資金もないということになった場合、新規営業というノウハウすらない中右往左往した後、ジリ貧を経て破綻します。

こうした構造は、エリア的な地元というだけでなく、一社依存の下請け企業を筆頭にお得意さんに依存しているところはすべてもっているリスクです。

都会的流動性がもたらすチャンス

一方時流に乗るようなビジネスモデルやその時期的なサービスは、長期安定性のある事業ではありませんが、地元のネットワークへの依存というリスクを回避することができます。

そういえば京阪神エリアの他、首都圏とも取引していた父が「あっちの方は一期一会みたいなところがあるぞ」と言っていました。

まあいわば「その時の最先端」として全国を視野に入れてくれるという感じです。逆に政令指定都市クラスのエリアでは、地元への執著が強くよそ者を受け入れにくいという感じのようです。

つまりそれは、継続取引的な安定は期待できませんが、少なくとも最初の一歩のチャンスがあるということになります。

そして、それぞれの取引が単発のものであっても数が多ければ「流れ」や「波」はあってもトータルである程度安定的な収益を得ることができるということも示しています。

感覚で言えば遊園地のようなもので、来場者は固定ではありませんが、それぞれ別の人であっても、日々ある程度の一定数のお客は来るというような感じです。

もちろんこうした流動性のあるものを対象にするとなるとある程度の母数が必要となります。

そして、「一過性の出会い」や「その時期に最適なもの」という属性があるので、選ばれたからということでもたらされるような安定はありません。

「安定がないからこそ今回は選ばれた」ということになりますし、チャンスとしての属性の分だけ今回限りという可能性が高いという感じになります。

そうした感じなのでチャンスはありますが、次には選ばれず、また日々のブラッシュアップが求められるというリスクの部分や、「時代が終わった」ということで、一切見向きもされなくなるリスクもあります。

ただ、一度選ばれてそれで終わりというわけではなく、ある一定数はお得意さんになる可能性がありますし、数をこなせば流動性の中にもある程度の安定をもたらすことはできます。

一つに依存して「そこが倒れればうちも倒れる」というようなリスクは回避することができます。

固定と流動のいいとこ取り

どちらかに特化したような企業が結構多いような気もしますが、どちらに偏っていようとある程度「もう一方のやり方」を取り入れて安定化を図っていくことはできます。いわば固定と流動のいいとこ取りです。

個人的には金融の分野にいた時についたフローとストックという概念から知らずしらずにリスクマネジメントしてそうした事業のあり方に寄せていたようでした。

そして、去年大山乗馬センターに行った時に、会員さんという固定性と観光馬による単発の体験という流動性に対して「最高のバランスだ」というような印象を受け、ふと今回のようなことが明確に浮かび上がってきたりしました。

思い返すと社長仲間で仲良くさせていただいている人たちは概ねこのような形で事業の安定を叶えているような気がします。

出会ったのは良いですが、すぐに破綻してしまった人を見返すと「地元でやる」にこだわりすぎていた人が多いような気がします。

ランチェスター戦略的には、小規模事業者は何かに特化するのが正しいという感じですが、特化したところで母数がなければ成り立ちませんし、肉弾戦的に地元を駆け回ったところで根本需要がなければ成り立ちません。母数が足りなければ、それを補うものが必要になりますし、あまり物理依存せず遠方でも対応できるサービスなのかどうかというところも大きく関わってきます。

たとえ話になりますが、個人的に思うのは次のような形が理想です。

例えば地元で展開している古本屋さんに「目利きのおじいさん店主」がいるとします。そのままでは常連さんであるマニアのお客の高齢化により売上が立たなくなってしまいます。

そこで、固定性のある地元の売上に依存しないということを考えれば、流動性の部分を確保していくと成り立たせることができるかもしれないという感じになります。おじいさん一人では難しいということであれば、息子や孫が手伝う形で、販路としてイベントごとへの参加などなど人の多いところに出張出店したり、インターネットで販路を作るという感じで流動性部分を作ります。

そうなると、手伝う息子や孫はおじいさんの目利きの凄さに敬意を払うようになり、逆におじいさんはインターネットを使いこなせる息子や孫に敬意を払うようになるでしょう。

逆のパターンで言えば、ほぼインターネット販売しかしていない古書を扱う事業者さんで、本当に目利きで本が好きなのであれば、どうせならということで負担のない形で地元に窓口ショップを作り、彷徨える文学青年の良き相談相手となり、長期安定を叶える常連というつながりを作ることもできます。

というのはたとえ話ですが、そんな感じでいくらでも考えることができると思っています。

もちろん物理的に不可能であったり、業種的に難しいという場合もありますが、例えば入札系が基本の事業形態だったとしても多少単発の「小規模事業者や個人向けのサービス」を作り出すという感じで対応することができたりもします。

「知らぬところでヒーローになって凱旋する」ということを目指しているフシのある「最年少上場!」系のベンチャーもいますが、たまには地元の集まりにでも顔を出して「まあまあまあ、先生」とコントのように振る舞うというのも一種の安定につながります。

僕は非体育会系ですが「ここでは芸人であり、これはコントなのだ」と思えばどんな相手が出てきても平気です。

それで相手が自惚れて横柄になるようなら「うふふ♡」と笑っておきましょう。

どちらか一方で極端に尖るというのも良いですが、両輪のように両方で尖るのもいいですよ。

Category:company management & business 会社経営と商い

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