土壇場の泥仕合

なるべく揉め事というものは避けたいものですが、そうした局面ほどその人の本性やエゴイズムを垣間見れることはないので面白かったりします。

あえて仕掛けることはありませんが、不条理な要求に応じることはないので必然的に多少一悶着が起こったりします。

むしろ昔からこうした揉め事を好んでいるようなフシがありました。なぜならそこには「本音」があり、問答の内容は思索のきっかけにもなり得るからです。

たくさんの本音が出る分、成長の糧にもなるわけです。

さて、結構前のことになりますが、「従業員をクビにする」という局面で、たくさんの気づきがありました。

もちろんそれほど揉めてはいないのですが、本当にたくさんの気づきがありました。

やはりどうあがいても、組織づくりにおいては最低限以上の社会的制約をうけつつ、自分の持っている感覚が基準となります。

そのような中、会社のあり方としても、自由を愛し、独立性と自律を重んじていましたが、それが逆に相手の慢心を作ることになってしまったのです。

結果、その人は仕事と呼べないような、わけのわからないようなことで時間を潰すようになりました。

社長仲間にもそれと同じようなことを経験した人がたくさんいるようでした。

従業員のためを思い、何かと環境を整備したり待遇を良くしたりしたものの、結果としては「社長がナメられる」というだけで終わるという感じの結果です。

「頭もお金も使ったのに、それはないだろう」

と、みんな口を揃えていました。

そして結果的にナメられてしまった状況で、それを是正しようとすると、逆ギレをしてくるというような感じです。

僕の場合はそこまでひどくなかったですが、社長仲間の一人は、最終的にクビにした従業員からよくわからない内容で請求書が届き、訴訟まで起こされかけたりしたそうです(顧問弁護士との相談の上で、無視しているそうです)。

特に求人にお金をかけていたりすれば、すぐにクビを切るということにも抵抗があります。

しかしながら、そうした慢心はボコボコにせねばなりません。

以前もどこかで書いたかもしれませんが、ある人が勤務中に遊んでいたとすれば、社長はその人の「遊び時間」の間、毎時間財布からお金を抜き取られているのです。

例えば、会社のパソコンのブラウザ履歴を見て、勤務時間中の履歴にて「スマートフォンのバッテリーを長持ちさせる方法」などを見ていた履歴が出てきたらどう思うでしょうか?

その場合、そんなページを見ている間も社長は財布からお金を抜き取られていっているのです。

人によってはその日体調が悪いという時もあるでしょう。そんなときこそ有給を時間単位で消化する感じで帰っていただきたいという感じです。有給は遊ぶためのものとして、別件で保留しておきながら、会社にやってきてパフォーマンスを発揮できないまま時間の浪費をされるのは会社として迷惑ですからね。

そのような感じのケースでは、問答無用とまでは言いませんが、ほぼ問答無用でクビにしても良いと思っています。

さて、従業員が社長をナメているということが垣間見れるとき、それは「不合理な自分流のやり方を押し付けてくる時」です。

なぜ、お金を払っているのに経営方針まで歪められねばならないのでしょうか?

例えば、できる人なら30分で終わるような仕事を8時間かけたりしている人もいます。

「クオリティで勝負しないと今後選んでもらえません」

というような言い訳をしながら、平気で8時間もかけたりするのです。

細かい計算は無視して、時給換算で一時間あたり1000円なら、30分で仕上げる人は500円、8時間かける人は8000円のコストを生み出しています。

売上金額にもよりますが、8時間もかけられては事業として成り立ちません。

30分でできる人と8時間でできる人を比較すれば、利益が7500円も異なってくるのです。一年を通して考えれば、それがだいたい一日一回でも200回以上繰り返されることになるので、仮に ×200とすれば、年間で利益は150万円も異なってきます。

「自分のこだわり」を主張されつつ、年間150万円も奪われては黙っていられません。なぜなら、会社が傾けば「30分で仕上げる人」の生活すら危なくしてしまうからです。

そのようなこだわりを持つなら、自分の事業として独立してやればいいのです。

コスト面を含めたリスクを会社に負わせておいて、自分の自己実現に夢中など「ふざけるな」ということです。

こだわりや経営方針は、社長が決めるものです。なぜなら、会社法的にもそうですし、何よりたくさんのものを背負っているからです。もちろん会社によって様々でしょうが、奥には株主や金融機関、そしてその他の従業員や顧客などもいるのです。

そんな中、「自分のこだわり」を主張されて利益が奪われていくのを見過ごすことはできません。

その人の生活自体は、会社とは直接関係ありません。会社には会社の都合があるのです。

方針がそぐわないのであれば、辞めてくれていいわけです。

やり方の選択を含めた「決定権」を与えるか与えないか、というところも社長などに委ねられているはずです。

自分流のやり方などを提案するのは構いませんが、そのやり方で行くか行かないかの決定権はその人にあるわけではないのです。


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