4歳児に教えてもらった素敵な言葉

先日、お客さんのところに行ったときに、その人の息子である4歳児に教えてもらった素敵な言葉があります。

いつもいつも「大学教授が言おうと幼稚園児が言おうと本質は変わりなく、言葉が指し示す意味のみを検討するべきだ」というようなことを言っていますが、まさに幼稚園児から教わることになりました。

意味は状況の中にある、ということにはなりますが、大体どのような状況においてもかなり良い感覚を呼び起こすフレーズです。

何気ない言葉ですが、いい言葉だなぁと思いました。

少しのニュアンスの違いで含む意味が全く異なるということを実感したしだいです。

もちろん昔から知っているようなフレーズですが、改めて考えてみるとすごく良い感じがするのです。

お別れ際の言葉

その言葉は「また来てね」です。

そこには、単純にまた会いたいというニュアンスが含まれており、お互いの関係性を良いものとして捉えているという状態が含まれています。

お別れ際、帰り際の言葉としては、「さようなら」や「バイバイ」や「じゃあまた」などなど、様々な言葉がありますが、これらの言葉は状況に応じて悲しさや虚しさなども含んだりする可能性があります。状況に応じて意味が変わりやすい言葉なのです。

しかしながら「また来てね」という言葉には、次にまた会いたいという明るさがあります。そしてまた会いたいということの奥に、今現在の関係性が良好であるということを含んでいます。

仮に客商売であっても、お店側から「ありがとうございました」と言われるのは形式的な感じに思うときもありますが、元気よくにっこりと「また来てね」と言われた場合は、店と客という間柄ではありながらそれを超えて、人間同士の感覚として「自分は相手にとって不快ではなかった」ということを含んでいるように印象付きます。

もしかするとその4歳児としては、その言葉を発しているときの大人の感覚、言葉を発しているときの体感をベースに捉え、最も良いものであるという認識をしているのかもしれません。

おそらくお父さん、お母さんを含めた家族や幼稚園の先生たち、友だちのお父さんお母さんなどがそうした言葉を使っているのですが、「じゃあ今日はありがとう」とか「バイバイ」とか「さようなら」などなど、単発的な言葉だけではなくて、別れ際にたくさんの言葉を発しているはずです。

その中で、例えば友だちのお母さんなどが自分に向かって「また来てね」と言ってくれた瞬間の相手の意識状態に応じた体感状態を読み取っていて、様々な言葉の中でそれが最も快く感じたからこそ、その言葉をよく覚えているのかもしれません。

友人のお母さんたちが発した言葉の中で「じゃあね」とだけ言う人と「また来てね」とだけいう人の表情を含めた状態を感じていて、その中で言葉と連動した非言語的な感覚として最も快かったのが「また来てね」だった、という感じなのかもしれません。

幼児は邪念がない分ストレートです。

良い言葉を気付かせてもらいました。


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