動物はエライという境地

何かをエライとかエラクナイとかは考えないほうがいいのですが、「お題をまるごと流用」なので、そのままのタイトルでいきます。

昔、病に伏せていた頃、当時の彼女が京都市動物園に連れ出してくれました。

当時の僕は、ひたすら本ばかり読んで何事も難しく考えていて、何なら思考の限界まで極め尽さないと納得しないふしがありました。

その時の知識と思考鍛錬がいまでは財産と言えば財産ですが、人生で最も苦しんでいた時期でもあります。

本を読んでいないときはずっと考え事をしています。

その内容も「今度の休みはどこに行こうかなぁ」ならかわいいですが、「契約(申込と承諾)は瞬間で言えば、どの瞬間で成立するのだろうか」などと、よくわからないことを考えていました。行為の「どの瞬間(おおざっぱには秒単位)」かを本気で考えていたのです。

そのせいで、納得いく答えが出るまで、コンビニにすら買い物に行けませんでした。なかなかユーモア溢れるでしょう。

そんな折です。断る僕を強引に動物園に連れ出してくれました。

空は晴れ渡っています。

ありのままに生きる動物たちを見て、少し気がほぐれてきました。

楽しそうといえば楽しそう、苦しそうといえば苦しそう、そんな感覚を覚えました。

そんな時「『ただ、生きてる』って感じがするね」という一言をかけてくれました。

その時、一瞬ですが、すべての澱が解放されたような気がしました。

知識バカの僕より何枚も上手でした。

僕は随分と遠回りしましたが、いまでもあの時のあの感覚を時折思い出します。

 


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