勤め人の頃に、あの手この手で支配しようと躍起になっていた体育会系の先輩のような人がいました。
社内では天才詐欺師として有名であり、胸板を強調し、胡散臭い縁の太い眼鏡をしていました。野球部上がりです。野球部出身者に対しては、予選に出場したのは何回目の甲子園だったかというような質問から上下関係を作ろうとしているような人でした。
しかし残念ながら僕のような人間を支配しようと思っても、僕に遊ばれるだけです。
「暖簾に腕押し」ということがいかに面白いかということを思い返して、時折思い出し笑いとして爆笑しています。
何とか上下関係を機能させよう、できる限り支配下に置こう、といった感じで、もがいてもがいてあの手この手でやってくるのですが、いつも暖簾に腕押しという感じは、客観的に見ると面白おかしいはずです。
まずは威圧でマウントを取ってみよう
その人は、僕が研修期間中に「成績の良い先輩」として講演のようなことをしてくれたような人でした。
まあ成績が良いと言っても、ギリギリグレーどころか、思いっきり黒の詐欺営業によるものなので、単なる詐欺師なのですが、数字上は「出来の良い社員」ということになっており、本人も自己顕示欲の塊のような人なので、そうした講演を開いてくれたというような感じになっていました。
その雰囲気が面白かったので、その時にいくつか「突かれたら痛い質問」を意図的にしてみました。
さすがは詐欺師なので、少し表情が固くなりながらもうまくかわしていました。
その時はそれだけでしたが、それからしばらくして、転勤で僕と同じ配属先にその天才詐欺師がやってきました。
すると開口一番
「お、研修の時に肩で風を切ってたbossuくんやん!」
と、ミナミの帝王時代の山本太郎氏のようなテンションでやってきました。
「お、で、どうなん?数字。あ、全然あかんやん。研修の時にはこんな感じやったのに」
と、鎖骨がティリティのマネごとのようなことを始めました。
そして、鎖骨がティリティを継続しながら、
「なぁ。こんなんやったやん」
と繰り返しています。
僕はその時点で爆笑寸前でした。
しかし職場なので今のところは抑えておこうと、少し笑う程度に抑制していました。
すると威圧が効いていないということを察してか、
「ふんっ」
と拗ねてどこかに行きました。
戦略を一転「べた褒め作戦」
彼が体育会系天才詐欺師であるとしてもたいていの人は、営業成績の数字に一目を置くので、ある程度配慮してくれます。
年齢、役職が下の人はもちろん、上司も一応彼を立ててくれたりするわけです。
しかし、僕はそうしたものに価値を置いていません。
ただ、彼としては、何とか僕も支配下に置きたい、最低限一目置くくらいに、できれば自分を立ててくれるくらいには征服してやりたいと思っていたのでしょう。
ということで、数字だけには靡かないということを察したのか、戦略を一転し、「べた褒め作戦」に躍り出ました。
さすがは天才詐欺師、対応が柔軟です。
以前「質の悪い臭いをかくすための偽装」で少しだけ触れていましたが、僕のカバンを勝手にあさり、資格試験用のテキストを取り出して、それをパラパラめくり、マーカーが引いてあったりする部分を見つけては、
「マジ尊敬するわ~」
と、本当にすごいと思っているよ感を出してきました。
目を少しうるうるさせ、
「すごい努力してるんやね。尊敬するわ~」
と、「尊敬するわ」を連呼しています。
しかし、僕は褒められて喜ぶような性格をしていません。
まして褒められたくてやっているわけでもありません。
ということで、その時も暖簾に腕押しです。
これも効かないということで、ある段階から
「本社に行っても、いじめんといてな」
というようなことを言い出し、
最終的には
「まぁそれはそれでええけど。今は現場やからな」
と、真顔に戻りました。
男ならこれに響くだろう作戦
その後、職場の回覧のようなものに、「メンタルヘルス研修」の案内が記載されていたときのことです。
回覧板のようなものを読んで、読みましたよという判子をつくというような流れなのですが、それを確認している時にいきなり天才詐欺師が近寄ってきて、
「bossuくんは、いつもどんな感じで遊んでんの?夜とか休みの日とか」
と聞いてきました。
読書や音楽等々と、少し答えた瞬間、
「僕はもう、こればっかりやわ」
と、「メンタルヘルス研修」の前四文字と後ろ二文字を手で隠し始めました。
「いいとこ連れて行ったげよか?」
と言ってきたので、
「いや、いいです」
と答えました。
「興味ないの?じゃあキャバクラは?」
と聞くので、
「いずれにしても、お金を払ったら負けになりますから」
と答えました。
恥をかかせてごめんね。
―
またしても暖簾に腕押しです。
難攻不落の僕の精神をどうやって屈服させてくれるのでしょうか?
そうや、上司に説得させてみよう
ある時、上司と同行営業に行くことになりました。
その上司は、ある程度できる人でいい人なのですが、困った時に天才詐欺師に成績を分けてもらうという少し弱々しいところのある人でした。
そして同行営業が終わり、外で喋っている時に、
「なあ。ずっとやっていく気なら〇〇(天才詐欺師)についてもっと教わった方がいいんじゃないか」
ということを言われました。
「こんどはそうきたか」と思い、その場で爆笑しかけてしまいました。
「あいつにもいいところはあるで。根性があるところとか。まあ合わんところもあるかもしれんけど、一緒に営業に行って、盗めるとこは盗んだらええやん」
僕はもう笑ってしまいました。
そりゃあいいところもあるでしょう。
でももう、どうやっても実らない恋にもがいている風にしか見えません。
―
ただ自分自身でもがいて、跳ね返されてまたもがいて、という様は、アイツこと自我そのものの働きです。
上下とか支配とか奢ったり褒めたりだとか、そんなことをしなくても友達はできる、ということにいつか気づいてくれたらなぁと思ったりします。
詐欺のようなことをしなくても、それで手に入れた収益で人をコントロールしようとしなくても、豊かさは常にありますからそれに気づくだけでいいのに、というようことを思ったりします。
だからこそ慈悲を込めて爆笑してしまうわけです。