「急速に轟音が近づいて」といえば、最近では数が減ったものの暴走車両の出す排気音やスキール音ですが、大きな音というものは注目を集めるため、映画のコマーシャルなどにおいても大きな音で驚かせるという手法が蔓延するようになりました。
そして性や死、そして死を連想させる生命的な危機の描写が、人の注目を集めるのに効くということで、より一層の効果を期待してか、破壊音や叫び声などが多用されていたりします。
これらは生理的な反応を利用して焦らせ、注意を引くというものですが、「数字を逆に数えて」で触れていたように、時間的な焦りを利用するという場合もあります。
まあコマーシャルというものの目的を考えると、集客、そして収益が目的なのでそうなることは必然という感じがしてしまうものの、どれもこれもそんな感じになると文化芸術的な味がどんどん無くなっていくような気がしてしまいます。
「ドーン」という音
感動と興奮系の映画の予告を観るとだいたい「ドーン」という音が入っています。そんなもんで釣ろうという発想自体が少しチンケに見えてしまうので、個人的にはそれ系をあえてスルーしています。
もちろん感動と興奮系以外の作品にも爆音が組み込まれている場合がありますが、そうした音による演出を観ることに慣れてしまったのか、最近では、ドーンという音などが不意打ち的に鳴る前に予測ができてしまうようになり、「ドーンにびっくりもしない」という感じになってきています。
映画などでシーンを先読みしてしまったり、主人公等々の人物の姿勢などの微妙な動きを察知するようになってしまったので、「来るぞ来るぞ、ドーン」だけでなく、「前フリ無しで驚かせてやろう」というような感じで仕組まれたものにも、コンマ単位になりますが気持ちが備えてしまうため、ある意味で映画の楽しみが減ってしまったという感じになります。
どちらかというとンッとなったりゾッとする方が好みです。破壊音にしろ叫び声にしろ、「激しければいい」というような感じで作られているものは、どうも低俗な感じがしてしまいます。
ひっそりとしたもののリアル
そんな感じで描写があまりに「私を見て!」系のものばかりになってきた昨今、ひっそりとしたものの方が逆にリアルを感じます。
例えば、「総員玉砕せよ!」における、死の「あっけなさ」などの方が真実味があるという感じです。変に効果を入れたり、ドラマ仕立てにしてある方が臨場感がないという「努力の逆効果」を感じてしまったりします。
ふとした時に、
「いや、そんなに極端じゃない」
と思ってしまうという感じです。
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