白粉花(オシロイバナ、御白粉花)は、オシロイバナ科オシロイバナ属の多年生の草本。別名、夕化粧(ユウゲショウ)、紫茉莉(ムラサキノマツリ)ともよばれます。
日本名のオシロイバナ(御白粉花)は、果実は黒色で種皮は堅く、中にある胚乳が白く粉状で、オシロイバナの名称は、化粧に使われる「おしろい」のようであることからついたようです。なお、夕化粧の名は、美しい花が夕方に開くことから。
オシロイバナは、草丈1mほどで、茎は緑色で太く、節が太くさかんに枝を出して広がります。花期は8月から晩秋までで、香りがよく、根は肥厚し、皮は黒色です。
白粉花の花と実
夏から秋にかけて、茎の上に短縮した衆散花序を出し、紅、黄、白、絞りなどの花が夕方から開き、翌朝にはしぼみます(英名、Four o’clock=夕方四時に開花することから)。
種子は、黒色で手榴弾形。春先に植えれば、簡単に生えるようです。南アメリカが原産ですが、江戸時代初期に日本に入ってきており、通常は草花として栽培されますが、海岸地方では野生化しているようです。
新・秋の七草の提唱者、与謝野晶子氏は、このオシロイバナを選びました。
正岡子規氏の俳句や短歌でもオシロイバナは登場します。
- おしろいは妹のものよ俗な花
- 道端に白粉花咲ぬ須磨の里
- 夜嵐の 名残もしるく うつむけに 倒れて咲ける おしろいの花
(正岡子規)
「花弁」を捨てた美学
私たちがオシロイバナの「花」だと思って愛でているあの鮮やかな部分は、植物学的に言えば花弁(花びら)ではありません。あれは「萼(ガク)」が変化したものです。
進化の過程で、彼らは本当の花弁を退化させ、本来は蕾を保護する役割であるガクを美しく色づかせる道を選びました。なぜそのような選択をしたのかは謎ですが、既存の役割を捨て、地味な裏方を主役へと昇華させる。その大胆な構造変更(リストラクチャリング)には、見た目だけにとらわれない、機能美の極致とも言える生存戦略が隠されています。
メンデルを困らせた「曖昧さ」の発見
オシロイバナは、遺伝学の歴史において極めて重要な役割を果たしています。メンデルの法則(優性の法則)によれば、赤い花と白い花を交配すれば、どちらかの色が勝つはずです。しかし、オシロイバナはその法則に「No」を突きつけました。
赤と白を掛け合わせると、その中間の「ピンク色」が生まれるのです。これを「不完全優性」と呼びます。ドイツの植物学者カール・コレンスは、この植物を通じて、世界は必ずしも白か黒(優性か劣性)だけで割り切れるものではなく、その間にあるグラデーションこそが多様性の本質であることを証明しました。
遺伝子の「即興演奏」が生むアート
一つの株の中に、赤、白、ピンク、黄色、さらには絞り模様の花が混在して咲いている姿を見たことはないでしょうか。これは「咲き分け」と呼ばれる現象です。
この現象の背景には、「トランスポゾン(動く遺伝子)」の働きがあります。色素を作る遺伝子の中に、別の遺伝子が飛び込んだり飛び出したりすることで、あたかもジャズの即興演奏(インプロビゼーション)のように、その時々で異なる模様が描き出されます。計画された設計図通りに咲くのではなく、細胞レベルでの偶然とカオスを受け入れ、二度と同じ模様を作らない。オシロイバナの美しさは、この刹那的なライブ感に支えられています。
夕暮れ4時の「開店」とスズメガの来訪
英名で「Four o’clock(4時)」と呼ばれる通り、彼らが店を開く(開花する)のは夕方です。これは、昼間の激しい競争を避け、夜行性の昆虫をターゲットにするための戦略です。
特に、長い口吻(こうふん)を持つスズメガは、オシロイバナにとって最高のお客(送粉者)です。夕闇の中で白い花や黄色い花がぼんやりと浮き上がって見えるのは、彼らの目に留まりやすくするためのネオンサインであり、夜になると強くなる甘い香りは、闇夜を飛ぶ彼らへの招待状です。昼の世界で勝負せず、あえて夜の世界で覇権を握る。ニッチ市場を制覇するマーケターのような賢さがそこにあります。
童心に潜む「毒」と地下の怪物
黒い種を割って白い粉を出し、おしろい遊びをした記憶は、多くの人にとっての原風景でしょう。しかし、この植物が強力な有毒植物であることを忘れてはいけません。
種や根には「トリゴネリン」などの毒が含まれており、誤って食べると激しい嘔吐や腹痛を引き起こします。さらに、可憐な地上部からは想像もつきませんが、地下には「塊根(かいこん)」と呼ばれる、ごつごつとした巨大な根が眠っています。
冬になると地上部は枯れますが、この怪異なほど巨大な根の中でエネルギーを温存し、春になれば再び芽を出します。子供たちの遊び相手という優しい顔の下に、毒という武器と、不気味なほどの生命力を隠し持っている。そのギャップこそが、雑草として逞しく生き残ってきた理由なのかもしれません。
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