彼岸花

彼岸花(ヒガンバナ)曼珠沙華(マンジュシャゲ)

彼岸花(ヒガンバナ)は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草です。毒性があるため、花が美しいわりには、鑑賞用としてはあまり好まれないようです。ヒガンバナは基本的に赤の花が咲きますが、白い花のもあり、品種改良により明るいピンク、クリーム色、薄紫色、黄色などの花をつける彼岸花もあり、ヒガンバナの属名「リコルス」の名で園芸用として販売されているようです。

彼岸花

ヒガンバナは、根生で、地下に球根があり、川沿い、堤防、路傍、墓地などに群生しています。冬季に葉を繁らせる種類であり、秋季の葉がまだ出ないうちに、鱗茎から30cm程度の茎を出し、その先に有柄の赤色の美しい花を数個、輪状に開きます。三倍体であるため種子で増えることができないようです。種子はできず、開花後は深緑色の葉を多く群生し、茎は翌年三月ごろ枯れます。

ヒガンバナの開花の生理機構は、はっきりとはわかっていないようですが、ほぼ確実に秋の彼岸時期に開花するようです。ヒガンバナは、開花期までの気候が猛暑・冷夏、多雨年・寡雨年など環境条件が変動しても、京都近郊では、秋分の日(秋の彼岸の中日)には、量の多少はあるものの必ず花を咲かせるようです。

彼岸花(ヒガンバナ)の別名

彼岸花(ヒガンバナ)2

彼岸花(ヒガンバナ)には曼珠沙華(マンジュシャゲ)という別名もあるそうです(ただ、本当に曼珠沙華=彼岸花なのかはよくわかりません)。新・秋の七草として選定された、マンジュシャゲ(曼珠沙華)はヒガンバナ(彼岸花)の俗称で、赤花をあらわすサンスクリットからきているようです。標準和名のヒガンバナ(彼岸花)は、秋の彼岸ごろに花が咲くことからつけられたようです。地獄花(ジゴクバナ)、天蓋花(テンガイバナ)、幽霊花(ユウレイバナ)、死人花(シビトバナ)、捨子花(ステゴバナ)という呼び方もされ、一般的にはあまり好かれないようです。全草有毒ですが花粉もダメなのでしょうか。毒を利用して薬にしたりもするそうです。秋に花が咲きます。「想うはあなた一人」という花言葉があるそうです。

ヒガンバナの毒性と薬効

ヒガンバナは、アルカロイド系のリコリン、ガランタミンという有毒成分を球根にもっており、全草有毒です。リコリンの主な中毒症状は、嘔吐、下痢、脱水ショックなど。ガランタミンは、めまい、嘔吐、下痢などです。しかしながら、同時に貴重な薬用植物であり、ヒガンバナがもつ成分は、現在でも製剤原料として使われており、薬効としては、鎮痛、血圧降下、去痰など。

救荒植物としての彼岸花

ヒガンバナの球根には、良質の澱粉が約20%程度含まれており、ヒガンバナの毒の成分は水溶性のため、水にさらすと毒成分が溶け出すので、かつては飢饉のときなどはこの鱗茎をさらして澱粉をとり、食用にしたようです。しかし、毒を抜ききれずに食して死亡したケースもあるようです。下手に食べてはいけないですね(どんな味かは気になります)。

ヒガンバナの群生

滋賀県の彼岸花群生地

滋賀県の彼岸花群生地

ヒガンバナは、根生で、地下に球根があり、川沿い、堤防、路傍、墓地などにポツポツ生えたり、群生しています。墓地の多い京都ではそこら中の墓地に生えています。

日本に咲く彼岸花は自生ではなく、中国から帰化したものと考えられ、日本に存在する彼岸花は全て遺伝的に同一であり、中国から伝わった1株の球根から日本各地に株分けの形で広まったと言われています。経緯については、稲作の伝来時に土と共に鱗茎が混入してきて広まったか、土に穴を掘る小動物(もぐらなど)を避けるために有毒な鱗茎をあえて持ち込み、畦や土手に植えたとも考えられるそうです。三倍体であるため種子で増えることができないようです。

日本全国の彼岸花が同じ遺伝子をもっているというのはなんだかすごいですね。自然に増えていったというよりも、分け株で「隣の村」へのおすそ分けという形で日本全国に伝わった可能性がありますから、これが本来の意味でのシェアですね。

滋賀県の彼岸花の群生地としては、高島市の桂浜園地が有名ですね。京都は左京区大原に群生地があるようです。

奈良の明日香村もヒガンバナの群生地として有名なようです。

しかし有名な場所でないとしても、どんなところにもその土地らしさの素晴らしい個性があります。

日本中の彼岸花は「同一」である

秋のあぜ道を赤く染める彼岸花の群生。その壮観な景色を見て、私たちは個々の命の集まりだと思っていますが、遺伝学的な視点で見れば、それは巨大な一つの命の断片に過ぎません。

日本に自生する彼岸花は、そのほぼ全てが「3倍体」という特殊な遺伝子構造を持つ、種(タネ)のできない品種です。つまり、彼らは自分で繁殖することができません。今、北海道から沖縄まで咲いている何億本もの彼岸花は、かつて大陸から持ち込まれたたった一本の球根が、人の手による株分けだけで無限にコピーされ、広まっていった「クローン(同一遺伝子個体)」なのです。種を作れない彼らが、なぜこれほど広範囲に存在するのか。それは、誰かが球根を掘り、運び、そこに埋めたからです。山奥でひっそりと咲く一輪の彼岸花は、かつてそこに人が住み、生活があったことを証明する、生きた遺跡なのです。

「葉見ず花見ず」の戦略的孤独

「花は葉を思い、葉は花を思う」。彼岸花の葉と花が決して同時に現れない性質は、古くから悲恋や親子のすれ違いに例えられ、涙を誘ってきました。しかし、この切ないライフサイクルは、植物学的には極めて合理的で、冷徹なまでの「独占戦略」です。

彼らは、他の草花が茂る春や夏には、地中で眠ることを選びました。そして、ライバルたちが枯れ、頭上の樹木が落葉して地面に陽が差し込む「冬」にこそ、青々とした葉を広げて光合成を行うのです。競争相手のいない冬に光を独占し、栄養を球根に蓄え、誰もいない秋に花を咲かせる。あの孤独な姿は、生存競争に勝つために彼ら自身が選んだ、高潔な「逆張り」の生き方なのです。

墓地を守る「猛毒のセキュリティ」

彼岸花が墓地や田んぼのあぜ道に多いのは、仏教的な理由だけではありません。そこには、もっと切実で物理的な理由がありました。彼らの球根(鱗茎)には「リコリン」などの強力なアルカロイド系の毒が含まれています。

土葬が一般的だった時代、モグラやネズミなどの野生動物によって遺体が荒らされるのを防ぐため、人々は毒のある彼岸花を墓の周囲に植え、結界を作りました。田んぼのあぜ道に植えられたのも、モグラが穴を開けて水が抜けるのを防ぐためです。あの美しい赤は、先祖の魂と主食である米を害獣から守るために設置された、天然のセキュリティ・システムの警告色だったのです。

「赤」が脳に刻む本能の記憶

なぜ、彼岸花の赤はこれほどまでに私たちの心をざわつかせるのでしょうか。それは単なる色味の問題ではありません。花びらの細胞構造が、光を複雑に反射し、自然界には稀な「蛍光に近い輝度」を持っているからです。

さらに、長く突き出した雄しべの曲線が、視覚的に「炎」や「血」の飛沫を連想させます。これらは人間が本能的に畏怖し、注意を向ける対象です。彼岸(死後の世界)という言葉が持つ重みと、網膜を刺激する物理的な赤の強さ。この二つが融合することで、彼岸花は単なる植物を超え、私たちの深層心理にある「生と死の境界線」を可視化する装置となっているのかもしれません。

ヒガンバナ科

Category:植物

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