ピグマリオン効果(ローゼンタール効果、教師期待効果)とは、周りの期待に応じて、その人の能力が向上するような効果。人間は期待された通りに成果を出す傾向があるというようなことで、教師の期待によって学習者の成績が向上する、というようなこと。
端的にピグマリオン効果とは、周りの人間から期待された「人格、人間像」に合わせるように人格が変化したり、能力が向上したりするというような効果である。
「本当の君はできる子だ」という事を言ってみたりすることや「うちの学校はエリート校だから」というような評価をふんわり伝えることで、「自分はできる人間なのだ。周りから期待されているのだ」と思いこむことで本当に能力が上がったりするというのがピグマリオン効果である。
また「あなたが本当は優しい人なのを知っているから」というような評価や期待によって、性格が温厚になり、暴力性が静まるというような人格の変化もピグマリオン効果である。
ピグマリオン効果の応用
このピグマリオン効果という言葉や概念を管理者研修で習った管理者は安易に「期待しているぞ」というようなことを言い始める。本当は思っていないことが顔に出ているのに「期待してるんだから」と、変な宗教に嵌ったように繰り返し出す。
これはあくまで「期待されているのだから売上を上げて、管理者としての私の評価を高めてくれよ」というようなスケベ心であり、そうしたことはすぐに見抜かれるためにピグマリオン効果が現れることはない。
なお、僕は人の期待に応えようとしたことがない。あるとすれば「人に期待された状況」ではなく、「この人にプレゼントを贈ろう」として勝手に頑張ったようなことしかない。期待されていたのならしていない。勝手にやりたくてやっただけです。それを期待しているような人には贈らない。
可能性に気づくための期待
どちらかというとピグマリオン効果は、「予想以上にいけるぞ」ということに気づくためにある。人は放っておくと基本的にサボる。そして「まあこんなもんかな」と自分を安く見積もる傾向にある。
そうした中、自分の可能性に気づくために周りの期待を利用する、というくらいがちょうどいいという感じである。
そういう意識を飛び越えるきっかけ程度なら良いが、効果の法則だけ研修で習ったような人が「『期待しているぞ』といえば、こいつがいつもより成績をあげるので、支店の評価が上がって私は出世できる」というような気持ちで発するので、言われた側も返答に困る。
期待の効果であるピグマリオン効果に「期待」をよせるのであればせめて、伝え方、表現方法を考えていけばいいのにとも思うが、体育会系なのでそれは厳しいのだろう。
でも、問題なのは伝え方ではなく、その心です。
ピグマリオン効果を期待して、部下に「期待してるぞ!」と言いながら、「私は一体何をやっているんだろう」という顔をして、そんな気持ちでいるなら、その違和感がサインである。
なお、ピグマリオン効果とは反対に、「期待」が逆向きに働いてダメ人間になってしまうという心理効果は「ゴーレム効果」と呼ばれる。また、こうした期待やレッテル貼りに関して、「ラベリングされレッテルを貼られることで、そのレッテルに合わせるように心理が誘導されてしまう効果」は「ラベリング効果」と呼ばれたりする。
人格や意志決定などにおいて、人は想像以上に「他者によって形成されている」という良い例である。
というより、この意識自体が他との関連性で今生じているものにすぎないのだが。
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