野生化が進むにつれて

野生化という表現が良いのかどうかはわかりませんが、事業等々どんどん事が進んでいくと実践的で実務的な話ばかりになり市販化されている「それ系の情報源」に触れる機会が減っていきます。

まあもちろん直接的に関係しているものは、継続的に情報に触れることもありますが、「あたかも社長が読んでいるかのような名前の雑誌」などは、そうした人になりたい人たちが読んでいるというのが実情で、本当に社長をしている人は全く読んでいなかったりします。少なくとも僕の周りの社長仲間たちは、そうしたものを読んでいる人はおらず、やはり「若い時に少し読んだ」という感じのようでした。

「あたかも偉い人が読んでいるかのような名称の雑誌」や「経済人なら誰でも読んでいるかのような名前の雑誌」が、実際にはある程度の役職の人たちに読まれない理由としては、「書いていることが勤め人の発想」というところが大きいと思っています。

まあ実際に考えてみると、書いている人は勤め人かライターの人なので、当然といえば当然なのかもしれません。

たとえインタビューされている人はその業界のプロであっても、企画する人は勤め人だったりすので、「根本の切り口が素人くさい」ということがよく起こってしまうのでしょう。

結構前ですが、社長仲間のひとりが何かのベスト50のようなものにランクインしたそうなので、周りの社長仲間みんなでその雑誌を読んでみるという流れになったことがあります。

すると「今、マンションを買う理由」というような広告記事のようなものがありました。まあその内容としては、税的な部分であったり、ローン金利といったようなものが根拠になっている感じでした。

思いっきり「大きな存在」に扇動されているという感じがして、本気でそんなことを思っているのなら、この書き手の人はヤバいというのがみんなの感想でした。

なぜなら、金利は安くても元の値段が割高なら意味がないからです。ちょっと考えれば小学生でもわかります。

どんなものでもそうですが、それが割高か割安かという視点を複合的に持つ必要があります。金利が旧来と比較して安いからという理由だけで選択するということは、本体の価格が一定だというときに通用するような考えです。さらに本来はそれよりももっと手前に必要か否かとか、必要にしても代替手段はないかという点すらも考えねばなりません。

いろいろなことを実践で経験している猛者たちがそうした広告臭い記事を見ると、「まだまだ物事が教科書どおりに進むと思っている系」という感じに見えてしまうという感じになってしまいます。

これは「理論のみ」という感じよりももっと浅く、言われたことを鵜呑みにしつつ、大きな存在に情報コントロールまでされているという感じがしてしまいます。

いわば、本質的なマナーの機能を考えたりもしたことがない人が、学校や親から言われたとおりに「作法」をこなしていて、「自分はできた人間だ」と自惚れているのとあまり変わりません。

重要なのは気持ちであって、言動そのものではありません。

「なぜそうしたマナーが生まれ、発達したのか?」という部分が見えないと、異なる環境はもちろん、時代とともに変化する環境にも適応することができません。

まあそんな感じなので、「なぜなのか?」を考えたこともないという意味で、「とりあえず元気よく『はい!』と答えて、可愛がられていれば事足りるのだ」という脳筋のニオイがします。

事実としてのデータを提供してくれる程度まではいいですが、そこから導かれた結論はかなり素人くさい、という感じがしてしまいます。そんなわけで、現場で鍛えた人たちはそうした雑誌から離れていくという感じになります。

Category:笑う月

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