記憶の底に貼りついた、もう一枚の薄い記憶

僕が自分の周りの人と比較して少し特殊な点は、幸か不幸か記憶力が良すぎることです。

基本的には重宝しますが、その分嫌な記憶も長い間残ってしまうという弊害もあります。

そんな中でも稀に、スコンと記憶が抜けている時があります。同窓会に行った時に、あまり深くは関わっていない同級生の名前を思い出せないというようなことを筆頭に、起こった事実とその日の夜に見た夢とがごっちゃになり、記憶違いを起こしているということも稀にあります。

そのような感じにはなりますが、基本的にはよく記憶しているので、友人や昔お付き合いしていた方々、果てはその親御さんの誕生日まで記憶していたりします。もちろん日付として覚えているということになりますが、それはやはり遊んでいる中で、一緒にプレゼントを買いに行ったとか、そうした感じで思い出がある場合はよく記憶しているという感じになります。

また一年を通じて大体誰と誰が何日違いか、という感じで覚えていたので、数百人単位で覚えてしまっているという感じになります。

そういうわけなので、随分と久しぶりの人に、同窓会や友人の結婚式などで再会した時、「もうすぐ誕生日やな」と言ったりすることがあるのですが、相手が女性の場合は、概して若干気持ち悪がられるということが一瞬起こったりします。

まあそんな感じで誕生日を把握しているということは、ストーカー並みの執著があるからだという感じで疑われるわけです。少し喜びつつも少し気持ち悪がるという感じです。

が、その人が持つ自分の記憶力から考えると、誕生日を覚えているということはよほどだということになるというだけで、その人の普通と僕の普通は若干異なるというのが本質であって、何もよほど興味があるからというわけではありません。

もちろんあまり関わっていない同級生の名前を思い出せないというようなこともあるので、ある程度の重要性を感じているのかもしれないとは思いますが、その人の誕生日だけを覚えているのではなく、誕生日に関しては「ネットワークのように関連性でたくさんの人を覚えている」という感じなので覚えているということになるのでしょう。

それはある地方の場所を覚える時に、自分の住んでいる場所を軸として隣、そのまた隣、そのまた隣、という感じで覚えていくのと同じです。

飛行機に乗っていきなり着いてしまった場所は覚えにくいですが、自分で車を運転するなりなんなりで歩んだ場合は、結構覚えやすかったりします。合間合間に目印があったほうが、全体を覚えやすいという感じに似ています。

Category:笑う月

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