若し諱むべからずのことあらば

人生には様々なリスクがあります。そうしたものについて考えることは気を重くしたり暗くしたりするので見ないようにしているという人もいるかもしれませんが、何かしらのリスクが常にあるということを全く無視するということはできそうでなかなかできません。

世間の人達を見ると、実際にどうしようもなくなるリスクということは考えない割に、自分が恥をかいたり惨めになるということに対するリスクには敏感だったりするので少し滑稽に見えてしまうことがあります。

熱意で覆い隠す不得手なことからの逃避

愛情の形的なものに関して「熱意さえあれば良い」ということにして、難しいこと、不得手なことはあまり考えたくないという一種の逃避を隠している人も結構います。

しかし、以前にも少し触れていましたが「オレが体にムチを打って頑張れば…」という意気込みは良いものの、「その体自体が壊れていた場合はどうするんですか?」ということになってしまいます。

そのような形で「カッコをつけている割に口だけ」ということがよくあります。

自営業で年金保険未納という例

まあわかりやすい例としては、

「オレは家族を愛している」

と言いながら、自営業で年金保険に未加入(というよりも未納)だったりする場合です。莫大な資産があるのならばいいですが、そうでもないような状況で未納という感じで過ごしている人もちらほらいたりします。

最近では多少認知されてきたような感じもしますが、「年金」は、老後にもらう老齢基礎年金だけではなく、遺族年金や障害年金があり、保険料の納付はその受給に関わっています。

つまり老後にもらう年金だけの問題ではなく、自分が亡くなった後に家族が受け取る遺族年金や、自分が障害を持った時に受け取ることになる障害年金の受給に関わっているということになっています。

単純には、「オレが頑張れば、ではない」というケースもあるということを想定していないという意味で「本当に家族を愛していると言えますか?」ということになります。

という意味で「口先だけ」ということになってしまいかねない、という感じになります。

何かの意図があって未納というのは個人的な考えのことなので特に踏み込みませんが、それならばそれで何かしらのリスクヘッジが必要になります。あえて再度言っておきますが、年金機構の差し金ではありませんし、未納ならば未納で何かしら備えているのならばそれでかまわないと思っています。

現状の殻に閉じ込められるリスク

ただ、一方でリスク側に合わせすぎると総合的にうまくいかないという面も潜んでおり、それに伴う破綻のリスクも裏側にあるという感じになっています。

それは保存の意図が働きすぎて、現状の殻を破ることができずにジリ貧になるという感じで環境への適応ができずに八方塞がりになるリスクがあるというやつです。

生活の基盤を考えすぎて思い切れないということになると、社会環境の変化への適応が間に合わず、収入源が絶たれて金銭的に破綻してしまうという感じがわかりやすいでしょう。

ただ、どれだけリスクヘッジをしていても一時的に状況が悪くなるという可能性を完全に排除することはできません。

しかしある程度の備えはできます。

考えもしない、知ろうともしないということは「愛情は口先だけ」になりかねない

それを不得意な分野であるからと見ないようにするということは、「愛情は口先だけ」という感じになってしまいかねません。

知らない、習っていないというのは簡単ですが、少し思いを馳せればリスクが見えてくるにも関わらず、考えもしない、知ろうともしないということになると「口先だけでカッコつけたいだけじゃないか」ということになってしまいます。

ただ、そうして考えて、実際に備えても、それらは感情に働きかけるような体感ベースのことではないので、特にありがたがられたりはしないかもしれません。

おそらく「ふーん」程度でしょう。

しかし見返りを求めないのが愛情です。

といってもそれにつけこむ詐欺的営業もいるので注意が必要です。

結局は、たとえ不得意な分野であっても、ある程度自力でなんとかするしかない、という感じになりましょう。

若し諱むべからずのことあらば。

そうしたことこそ、感情を排し、論理で形にし、感情を表現せよ。

勢いだけでは乗り越えられない現実の壁

Category:菊花の約

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