家族のバランスと退行現象

家族のバランスと退行現象ということで、家庭内での人間関係のバランスとバランスが崩れた時に起こる退行現象についてでも書いていきましょう。

少し前にはなりますが、自分が作成した心理学の「退行」について改めて確認していた時に、ふと幼少期から大人になるまでの間の我が家を振り返ることとなりました。

よく人格の歪みやそれを発端とする精神疾患は家庭に原因があるというか、家庭要因が大きいということで、それが文学作品や映画のテーマとなったりします。家族療法というものもあるくらいで、それくらいに家庭内の人間同士が相互に与える影響は大きいのでしょう。

といっても、家庭問題を解決すれば全てが解決するというわけではなく、そうした傾向はあるものの結局家族は柵であり、「父も母も、妻も子も捨てなさい」と言われるように、最終的にはそうした引力、影響力のようなものを全て無効化しなければなりません。

家族関係に働きかければ何かの事態が好転するということもありますが、それは根本解決ではないということです。

もちろん根本解決ではないのですが、やって意味のないことでもないということで、そうした家族関係の調整が療法として成り立っているという感じです。

家族療法自体に効果はあり、それ自体はいいですが、それに頼り続けるということは結局「家族の関係性の呪縛から脱することができなくなる」という要素を含んでいます。

さて、今回はそうした家族療法的な感じではなく、あくまでかつて我が家で起こった退行現象について書いていきます。

父に起こった退行

父は昔からなぜか変な独り言をよく言っています。

一応それは僕や弟が初めて発した言葉だったりするのですが、今まではタダの「変人の奇声」くらいに扱っていました。

そんな中、自分で作成しておいて言うのも何ですが、心理学コーナーの「退行」の項目を若干修正していた時に気づきました。

「そうか。あれは退行現象や」

考えてみれば、僕が初めて発した言葉を父が初めて聞いたのは僕が幼児の頃です。当然にその頃の父はまだ若く、そして僕との関係性の中で100対0くらいのパワーバランスで「お父さん」でした。

一応退行の概念、定義を簡単に再掲すると、

退行は、一種の防衛機能であり、自我が葛藤に耐えられなくなった際に無意識的な働きによって成長前の幼児的・小児的な未熟な段階に戻ってしまうことを指します。また、人や集団が成長したあとに原型的な方向に向かうことを指す場合もあります。

という感じになります。

通常よく説明される退行現象は、弟や妹が生まれた時に、お母さんの関心を惹くためという理由も含みつつ幼児返り、赤ちゃん返りするという感じです。

僕が経験したケースでは、もちろん幼児的な段階まで戻っているわけではなく、お父さんが「お父さん」の尊厳を保てていた時期まで退行していると言う感じです。「人や集団が成長したあとに原型的な方向に向かうこと」という感じになるでしょう。といっても発している言葉は幼児言葉なので、自分の幼少期への退行も複合して行われているのかもしれません。

闘争と逃げ

父の独り言が退行現象であるのならば、何かしらの理由で自我に葛藤があったり、自我が耐えられないほど強烈なストレスを感じているということになります。

家族間において男同士は村社会のトップ、お山の大将の椅子の取り合いという構造を持っていたりします。

ということで一種の闘争状態にはなるのですが、争いが起こる時はその力が均衡している時です。実力が近いからこそ戦いが成り立つと言う感じで、どちらかが圧倒的に強ければ、弱いほうは従うか逃げるかするはずです。

自然界においては、そうした緊張が起こった時、戦うか逃げるか、という選択がなされます。しかし「戦う」というケースにおいては、同種間における異性の取り合いなどなど「勝てるかもしれない」という力関係同士のものか、逃げるという選択肢がない状態で必死の覚悟で挑むかという状況しかありません。たいていは逃げを選択します。

どちらかが圧倒的に強ければ争いは起こりません。

力関係が近いものにあるからこそ喧嘩が起こるのです。

例えば、同級生の間柄や歳の近い夫婦では喧嘩が起こりやすかったりしますが、年があまりに離れていたり、どちらかが圧倒的な権限や威厳を持っていたりすると、「喧嘩」というものは起こりにくかったりします。

基本的にそのような感じになりますが、ふと思い返すと、家族のバランスを壊し、崩れ去らせたのは僕だったと思います。

家族のバランスが壊れた時

おそらく家族のバランスを壊したのが僕だというのを思ったのは、僕が中学生くらいのときから父が父らしくなくなり、退行現象が頻繁に起こり出したというのを思い出したからです。そうしたことをつい数ヶ月前に思いました。

既に中学1年生の頃には担任の先生に呼び出されても、逆に先生を理詰めにして帰らせないというようなことをしていました。

その行動の評価は別として、いわばある種知能がみるみる発達していったということになります。

既に担任の先生は僕を説得すること自体ができなかったので、見方によれば、僕は中学1年生の時点で担任の先生と同等レベルだったということになります。

その頃くらいは父と何度か衝突のようなこともありましたが、結果的に父は「逃げ」を選択したのでしょう、退行現象が始まりました。少なくとも威厳のあった父は父らしくなくなり、同時に事業まで傾き始めました。そんな折、母は家族全体での決めごとの相談を僕にばかりするようになりました。

いわば、判断や決定に関することを夫である僕のお父さんではなく、僕に委ねてくるようになったのです。

その頃、一緒に住んでいたおじいちゃんとおばあちゃんも家を出ていきました。

それが何故だったのか、当時は理解できませんでしたが、おそらく僕の知能の発達によって、父やおじいちゃんは威厳、もっと言えば尊厳を保てないと判断したのかもしれません。

おじいちゃんに限って言えば、それが確実となる前に「逃げてしまおう」という感じだったのではないかと思います。

しかし父は父である以上逃げることはできません。そこで退行現象が起こってしまったと言う感じなのでしょう。

さらに弟もいますし、僕が成長するのと同じように、その下にも脅威が潜んでいる状態です。

父やおじいちゃんは、ある種「家族の長」という立場の闘争から逃げたという感じになりましょう。父は退行し、おじいちゃんは住居を変えるという物理的な逃げを選択しました。

この家族間のバランスの崩れは、一つの家族という社会の中で、構成員同士の力関係が崩れてしまったと言う感じです。

僕の場合はそれが中学生くらいの時でしたが、時期は違えどどこの家庭でも起こりうることなのだと思います。

思い返すと高校生の時に父に呟かれた事がありました。

「もう自分は父親としての威厳も尊厳もない」と。

おそらくそうした理由から、自分が100%の立ち位置で「お父さん」としての尊厳を保てていた時期に「退行」してしまうのでしょう。

僕のせいではありますが、それは一種の必然であり、僕に責任があるわけではありません。

最終的には「父自身に乗り越えてもらわねばならない」ということになりましょう。

Category:miscellaneous notes 雑記

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語のみ