夢二郷土美術館(岡山)&竹久夢二伊香保記念館(群馬)

夢二郷土美術館(岡山)&竹久夢二伊香保記念館(群馬)

この夏のツアーを振り返ってみると、あまり意図せず竹久夢二氏にまつわるスポットを巡っていたので、まずは「夢二郷土美術館(岡山)&竹久夢二伊香保記念館(群馬)」です。

「大正ロマン」の代名詞であり、美人画で有名な竹久夢二(たけひさゆめじ)氏ですが、これだけ連続して彼にまつわるスポットに行っておきながら僕自身は行くまでほとんど無関心レベルでした。彼の作品と彼の名が一致したのが今年です。

榛名湖にある歌碑が竹久夢二氏のものだったと知ったのも今年でした。

夢二郷土美術館

夢二郷土美術館

夢二郷土美術館

今年の7月、岡山の笠岡諸島ツアーの帰りに寄った「夢二郷土美術館」。岡山県は竹久夢二氏の出身地だということでできた美術館のようです。後楽園の目の前だったので、後楽園に行った後に行きました。

竹久夢二伊香保記念館

竹久夢二伊香保記念館

竹久夢二伊香保記念館

今年の8月に行った「竹久夢二伊香保記念館」。毎年恒例の「心にググっと群馬ツアー」で寄りました。

竹久夢二伊香保記念館2階

竹久夢二伊香保記念館2階

本館の大正ロマンの館・夢二黒船館、新館の義山楼、別館の子供絵の館とも周り、奇遇なことにたまたま居合わせた館長ともお話させていただいたりしました。

榛名湖畔の歌碑

榛名湖 2018

いつも榛名湖を眺めるスポット。

榛名湖畔の歌碑

榛名湖畔の歌碑(竹久夢二氏)

のすぐ脇にある歌碑。

今まで気づきませんでした。

「なんか石碑があるなぁ」とは思っていましたが、名前は完全にスルーだったということになります。

竹久夢二氏と無意識の記憶

夢二郷土美術館については、そこに行きたかったというよりも、「後楽園に行きたくて、そのついでに」という感じであり、「竹久夢二伊香保記念館」については、今年の7月に夢二郷土美術館行ったことと合わせて「榛名湖、伊香保温泉街も一通り周ったので、そろそろ」という程度のレベルでした。

どちらかというと「毎年のように榛名湖を眺めたくなる」の方が正しく「榛名湖に行ったついで」という感じです。

あまり人のことについて語るのは野暮ったいことだと思いますし、竹久夢二氏に限っては語るほど彼のことを知りません。しかしながら、竹久夢二氏は榛名湖に惹かれ、晩年は近くにアトリエを持ったり、近くに「榛名山産業美術研究所」を作ろうと計画していたなどなど、「同じものに惹かれている」という感じの親近感の方しかありませんでした。

ということで、「竹久夢二に憧れて」という感じよりも、「気づけば竹久夢二氏と同じような感覚になり、知らぬ間に同じようなものに惹かれていた」という方が正しいと言った感じです。

夏に岡山市内にある「夢二郷土美術館」に行った旨を父に話すと「家に山盛り本があるぞ」と言われてしまいました。

僕はよほど関心がなかったからか、竹久夢二という人の名前や業績について全く知らず、彼の作品もほとんど知らぬつもりでしたが、僕の父が彼を好きだったようで僕は幼少期から彼の作品を解説した本に山盛り目を通していたというのが事実のようです。

だから彼の名前を筆頭に、言語的なデータはまったく覚えていないものの、作品の感覚だけは知らぬ間にどんどん刷り込まれていっていたという感じになるでしょう。

父の影響で彼の感覚が無意識にはたくさん眠っていたということだったようで、初めて見るつもりが、実は初めてではなかったという感じです。

もしかすると「榛名湖を眺めたくなる」という一種の動機は、そうした幼少期の彼の作品との対峙から起こっているのかもしれません。

ということで、竹久夢二氏の「榛名山賦」を観た瞬間に頭の中が痒くなりました。

そして、彼の作品に囲まれると気持ちが幼稚園児だった時に返ってしまうような感覚になりました。

僕の中では「初めて見る新しさ」というよりも「蘇る懐かしさ」という感覚です。

好きとも親近感ともまた違う不思議な感覚です。

そんな感じで、何故か帰ってから「榛名山賦」などをデッサン模写したりして遊んでしまいました。

地元京都にも竹久夢二ゆかりの場所があるので、また気が向いたら行ってみようと思います(頭が発火してしまうかもしれません)。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語のみ