声の奥にある意味

先日コンビニに行ったときのことです。

ラーメンコーナーなどをぐるぐるしつつ、焼きそばでも買おうかなぁと思っていたところ、店内のスピーカーからファルセット、つまり裏声を多用、というより乱用するような歌声が飛び込んできました。

その瞬間に、多少のムキムキ感がありつつ、脇毛とスネ毛を剃ってタンクトップにハーフパンツの同性愛者が、声を利用し、喉で自慰に耽っているような絵が出てきたので、何も買わずに帰ることにしました。

勝手な感想ですが、

「文化系に侵食してくんな。生活に侵食してくるな」

と思ってしまいました。

裏声を出すときの喉の締りを利用して快感を得ているような感じがたまらず、吐き気をもよおしてしまったわけです。

ズレたずるむけ感とクラブゲッパ―」の延長となりますが、体育会系に文化が侵食されている感もあり、かつ、それが日常生活にまで侵食しているというのが絶望的でした。

声量があるということはひとつの利点ではありますが、だからといってそれだけで完結するものではありませんし、正規のピッチに合わせてメロディーをなぞれば良いというわけでもありません。

むしろ歌が下手でも沁みることもあります。

その声の奥にある非言語的な状態にこそ、意味を超えた意味があるということになりましょう。

Category:music 音楽

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