厚化粧した廃墟

廃墟というと八幡の通称軍人病院を思い出します。その場所は、尾ひれがついてまた尾ひれが付き軍人病院と呼ばれていました。

なお、現在では立入禁止になっているようです。

心霊現象が絶えないという感じのようですが、おそらく思い込みからやってきているのでしょう。「実際には軍人病院では無かった」という場合に「負傷した兵隊を見た」というのは、辻褄が合いません。ということできっと妄想の産物です。

当時単車に乗っていた僕は、一番最初は単車仲間と複数人でという感じでしたが、その後幾度となく女子に「連れて行って欲しい」と言われ、心霊スポットデートができるならと八幡の軍人病院には何度か行ったことがあります。

まあ道中の倒木から生えているきのこのデカさの方が驚くくらいで、怖気を震うような本格的な恐怖というものは特に感じたりしませんでした。

道中の木々の合間から見える夜空等々と階段を登るリズムにより、意識が催眠状態になっていくことに加え、廃墟独特の雰囲気とが功を奏し一気に妄想が加速するという感じの仕様にはなっています。尾ひれのついた前評判もありつつ、あの廃墟風景を見ればゾッとするというのはわかりますが、そうしたイメージの集合が嘘を現実にしているという感じになっています。

ただまあ、一度だけホタルのようなものを見たことはあります。多分本当にホタルなので恐ろしさはありませんでした。本当に怖かったら複数回行くなどということはしなかったでしょう。

そういえば、何度か行ったうちの一度、通称軍人病院から降りてきてから「16歳の時に交通事故で死んだ彼の話」を八幡市駅前でされたことがあります。確か当時僕は18歳くらいなので、2001年位の話です。

で、その後、実際にその年齢の方が八幡市駅付近で軍人病院帰りに列車との事故で亡くなられたいう話を聞きました。何となくキーワードが重なるような感じで不思議だなぁと思った記憶があります。

廃墟がもたらす恐怖は、視覚的なものもありますが、どちらかというとカビだと思っています。そうしたものによる身体的な不快感が起こったり、それ発端として意識的な連想が起こり、それによりまた身体反応が起こり、それを意識上でつじつまを合わせるために妄想が広がるのだと思っています。

そうすると妄想が現実に影響を与えてしまうようになります。

まあもし仮に傷ついた兵隊がいたとしても、「傷ついたもののけ」を癒やした火の鳥異形編の左近介のように慈悲により接すればいいのではないでしょうか。

そういう心持ちでいると、無駄な恐怖は起こりませんし、恐怖に対するつじつま合わせの妄想も起こりません。

この手の話でよくあるような感じで、この世に未練がある悪霊が「一緒に…死んで…」みたいな事を言ってきたとしても、「一緒に死んだら未練が無くなる、報われるという発想がおかしいね。我という虚像への執著が苦しみの原因、という話をしだしたのが…」と、ごっつの香川さんのようにふんふん言いながら説法すればよいのです。

Category:笑う月

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