偉大なるセキセイインコのプーコちゃん

この季節、春から初夏にかけての陽射しを浴びると、セキセイインコのプーコちゃんのことを思い出します。プーコちゃんはメスのインコであり、僕にとってはお姉さんのような存在でした。

人生で一番誰かを応援した瞬間は、今でもプーコちゃんが卵を産んだ瞬間です。諸手を挙げて応援していていました。

その時産んでくれた卵は無事に孵り、ひなが生まれました。

大好きなピーコちゃん(オス)とプーコちゃんの子どもです。

ピーコちゃんにお嫁さんがやってきた

小学生の頃、ある時家の近くの会社に勤めるおばさんが、メスのセキセイインコを連れてやってきました。

独身一人暮らしで最近体調を崩しやすくなってきたので、自分が倒れたらこの子に悪いということで、もらってくれという感じでした。

その方は僕にとって親戚のおばさん並どころか毎日のように顔を合わせるので、親戚以上の付き合いのある人でした。

毎日のように我が家前を通過するわけですし、毎日のようにプーコちゃんに会うこともできます。なので、プーコちゃんには我が家で生活してもらうことになりました。

その時我が家にいたのはオスのピーコちゃんです。

実はもう一羽いたのですが、家に来てすぐに逃げ出してしまい、行方不明になっていたため、ピーコちゃん一羽のみが我が家で暮らしていました。

インコはひなの時は性別の区別がつきにくいため、温厚な性格からおそらくメスだと言われていたため「ピーコちゃん」でしたが、自分の名前も覚えて口にするくらいでしたので、成長してオスと判明した後ももちろん名前はピーコちゃんです。

成鳥同士なので、相性の問題などもあるかと思いましたが、精神的に落ち着いたプーコちゃんと、元々温厚なピーコちゃんは、何の問題もなくすぐに夫婦になりました。

小学生の僕としてはこちらが恥ずかしくなるほど、肌を寄せ合ったりゴニョゴニョ鳴きながら嘴をつつきあったりしていました。

おそらくピーコちゃんよりずいぶんと年上で、精神的な落ち着きを持っていてしっかりしていたプーコちゃんが少し照れるようですごくかわいくて、そんな仲睦まじい二羽のインコを微笑ましく観察していました。

そんな二羽の姿は、その頃、今は無き京都産業会館で観た「鳥たちの戦争 オリバーとオリビア」のオリバーとオリビアみたいでした。

人生で一番の応援と感動

プーコちゃんが我が家にやってくる前から、我が家では毎日のようにカゴから部屋に出して遊んでいました。

春休みのある日、部屋に出したのにプーコちゃんが飛びません。

「おかしいなぁ」

などと思っていたのですが、母が、

「卵産むんじゃない?」

といい出すので、プーコちゃんをずっと見守っていました。

もちろんインコも感情豊かであり、細かな変化ながらも多種多様な表情を見せてくれますが、普段見ることがないような苦しそうな顔をしていました。

少しうずくまるようにして、プーコちゃんは産卵体制に入りました。

「がんばれ!」

と、兄弟揃ってどころか家族総出で無我夢中で応援していました。

それまでに経験したことのないような100%の応援です。

無事卵が出てきた時、感動で大泣きしてしまいました。

その時にメスの偉大さとお母さんの偉大さを感じました。

しかし、感動して放心状態になっている場合ではありません。母に言われて、すぐに巣箱に敷く用の敷き藁などを買いに走りました。

卵を温めるプーコちゃん

家族全員から感謝コールの中にあっても、休む間もなく卵を温めるプーコちゃん。

何かできないかと思いましたが、保温のための敷き藁の準備とカルシウムの入った飼料を買うくらいしかできません。

応援することと感謝することくらいしかできない無力さを感じて、またメスの偉大さを感じたりしました。

それからしばらくして、卵が孵りました。

まだ目も開いておらず羽も生えていないインコのひなです。

大好きなピーコちゃんとプーコちゃんの子供です。

僕はまた限り無いほどの感動に包まれました。

プーコちゃんに「ありがとう」をいい続けていました。

ひなの世話

生まれてすぐのひなを僕たちがどうこう世話をすることはできませんが、生後3週間から一ヶ月くらいになって羽がしっかり生えてきた頃であれば餌を与えることができます。

この頃にコミュニケーションをとっておくことで、手乗りインコになり、家族としての認識が強まるという感じなので、プーコちゃんに許しを得ながら、ひなの世話をしたりしていました。

インコは生後一ヶ月くらいから一羽で食餌をするくらいの時期になるので、プーコちゃんも僕たちに任せてくれました。

プーコちゃんへの感謝も含めて、学校が始まってからも僕たち兄弟は、朝と夕方と夜は毎日お湯でふやかしたヒエやアワをスプーンで与えたりしていました。

大きめの虫かごに藁を敷いてという感じで育雛です。

実を言うと数羽生まれていましたが、生まれてすぐに亡くなっていました。その時に小学生ながら生命についてすごく考えるようになりました。

しかしながら、その中のたった一羽だけが、すくすくと育っていきました。

なので、生まれてすぐに亡くなってしまった兄弟姉妹の分もしっかりと世話をしようと、僕たちは兄弟共に早寝早起きをしてひなに餌をあげることにしました。

僕たちはひなの世話に夢中だったので、しばらくの間だけだと思いつつ友人たちからの遊びの誘いもひとまず断り、学校からも走って帰るような感じでした。

悲しすぎる結末

僕たちは学校があるので、日中は他の家族に餌を与えることを任せていました。母も毎日のように与えてくれていて、ひなはすくすくと育っていきました。

母も日中に用事がある時は、たまにひなの世話をおばあちゃんに任せる時があったようでした。

そんな感じでみんなでひなを育てていたのですが、ある時…

学校から帰ると、ひなが亡くなっていました。

原因は極端に言えば凍死です。

初夏の5月に凍死などおかしいはずですが、帰ってみるとおばあちゃんの部屋にはひな以外誰もおらず、カゴのフタは空いたまま、エアコンがフル稼働していました。

冷たい風を含めて温度差は小動物にとって想像以上に体の負担になるため、エアコンをつける時はカゴの蓋を徹底し、風の当たらないところに移動させるというルールを課していたはずでした。

そしてその部屋におばあちゃんはいません。

無惨にも初夏に凍死してしまったインコのひな。

あとで理由を聞くと、「ひなの面倒を見ている時に、友人がやってきて盛り上がり、エアコンを消し忘れて百貨店に行った」

ということでした。

雑な人間、楽しさや欲で周りが見えなくなる人間、責任感のない人間

この時から僕は、雑な人間、楽しさや欲で周りが見えなくなる人間、責任感のない人間が嫌いになりました。

僕は怒り狂いそうになりましたが、僕の数倍怒り狂った弟を見て少し冷静になりました。

「ここで怒りに狂ってもひなは返ってこない」

もちろん怒っていないはずはありません。

しかし僕以上に怒り狂う弟を見て、ひなが亡くなってしまった中、自分はどうすればいいのかということだけを考えるようになりました。

弟は号泣し絶叫しながら、まだ幼いながらもおばあちゃんを叩いていました。

もちろん僕も気持ちとしては弟と同じです。

インコのひなの命、プーコちゃんの奮闘、毎日世話をした僕たちの思い、すべてが「百貨店に買い物に行く」というくだらない理由で踏みにじられたのですから当然です。

そちらに意識が向けば、ひなのことは頭に入らないという無神経さ、おばあちゃんも、誘った友人も同罪です。

「そりゃあこんな人達なら電話がかかってきただけで天ぷら火災が起こるわ」

と思いました。

母も弟に「何でこんな人に任せたんや」と責められていました。

弟はもう大人を信じないと言いました。そしてこんなことになるなら学校になんて行かないと言いました。

僕は、何より死んでしまったインコのひな、そして産んでくれたプーコちゃんに申し訳なく、どう謝ればいいのかということばかりを考えていました。

謝ったところで、それで許されるわけではありません。

僕たち人間のエゴで、結果的にひなが亡くなってしまった、そのことに苦しんでいました。

おばあちゃんを責め立てる弟をなだめ、「プーコちゃんとピーコちゃんに謝りにいこう」と手を引きました。

その夜、弟と二人で、生き物の命について考えました。

「全部おばあちゃんのせいや」

と、弟は言っていました。僕も普通に考えるとおばあちゃんが100%悪いと思っていましたが、そう言ったところでひなは返ってきません。弟をなだめるという目的もあってか、ふと彼に対して次のような言葉が出てきました。

「元はといえば、『手乗りにしたい』なんていう僕たちの勝手な思いが原因や」

インコたちの偉大さ

僕たち兄弟は、プーコちゃんとピーコちゃんにどう謝ればいいのか、ということばかりを考えていました。

亡骸を見せるということも残酷で、何の罪滅ぼしにもなっていないということを考えました。

でも、どうすればいいのかわかりませんでした。

それまでの間、僕たちが餌をあげたりして世話をしている中でも、毎日僕たちが世話をしている間は、お母さんであるプーコちゃんのところに連れて行っていました。

でも、ひなが亡くなって以降、プーコちゃんのところにひなはやって来ません。

すぐにプーコちゃんはそれを悟りました。

人に育てられたインコながらに自然界の中における「生きることの難しさ」を彼女の本能は知っていたのでしょう。

「どうぞ君の子供の命を奪った僕たち人間に怒りをもってくれ」と、「せめて噛みついてくれ」というくらいの気持ちでいました。

それくらいでないと僕たちは罪の意識で狂ってしまいそうだったからです。

ひなが亡くなった日、プーコちゃんは僕たちの心を読むようにひなが亡くなったことを悟り、そして僕たちの罪の意識を察知しました。

プーコちゃんは一瞬、少し悲しそうな顔をしていましたが、かごから出るとすぐに僕の肩に乗り、弟の肩に乗り、そして指を差し出すと爪に求愛行動をしてくれました。一緒に出てきたピーコちゃんも同様です。

インコたちの偉大さに僕たちは崩れました。

Category:miscellaneous notes 雑記

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