不退転な不死鳥

永遠の命への憧れのようなものを持っている人がいます。しかしよくよく考えてみると生きていると煩いがたくさんあります。そんな中、仮に「永久に死ねない」ということになってしまった場合、本当にそれでいいのでしょうか。

よく物語の設定などで王様が「あとは永遠の命だけだ」というような感じで、「トップに立ったのだから後はその喜びをずっと味わっていたい」というような気になり、永遠の命を授ける妙薬のようなものを探したりするという設定があったりします。

確かに王様のその時の気分はその通りなのでしょう。しかし、その気分が追々変わって「やっぱり嫌だ」と思った時、もうその時点では取り返しがつかないという感じになってしまった場合はどうなのでしょうか。

さて、諦めずに励むということで、感性の成長についてでも書いていきましょう。

先日ひとことで少し触れていましたが、感性の要素として文・理・芸のそれぞれの要素があるような気がします。

文系、理系、芸術系それぞれの思考のパターンがあり、それぞれの感性を磨いていかないと全体としてのレベルは上がっていかないというような感じです。

最もわかりやすいのは「理系の感性しかない人による営業」です。

何だか技術的なことはすごいのかもしれませんが、売ろうとしているモノや会話のセンスがズレていると思うような営業です。

「確かに技術的にはすごいのかもしれませんが、それを買う人にとってどのようなメリットがあるのですか?」

と思わざるを得ないような感じです。

また、芸術系の人も同じように売っている物や会話のセンスがズレているケースがよくあります。

「この作品を仕上げるのにどれくらい時間がかかると思っているんだ」

という発想をしてしまいがちですが、「確かにそれにはそれだけの時間がかかるとしても、その作品をもって得られる効用と天秤にかければ、そこにお金はかけられない、よってそれは事業として成り立たない」ということが見えない人たちです。

これは文系的な「広い意味でのコミュニケーション能力」が培われていないからこそ起こると思っています。

読解にしろ文章表現にしろ、相手のことを理解しようとか、この表現で相手に伝わるだろうか、というところを磨いていかないと文系の感性は上がったとは言えません。

全くの理系寄りの人や芸術系の人などは、こうしたところが欠落しているような気がします。

特にそんな事をよく思うのは、外国のIT系企業の説明文です。例えばMicrosoftやGoogleなどであれば世界トップレベルの企業になりますが、説明文があまりにもわかりにくかったりします。

本文は外国語で翻訳だからという面もあると思いますが、根本的におそらく理系寄りすぎるのでしょう。

といっても、一方で全く理系要素がなければ論理に矛盾があったり、合理性がなかったりして「計算上どうあがいても経営が破綻してしまう」とか「確かにそういうのもいいけど、それじゃあ元が取れないなぁ」というような事も起こりえます。

どうしても理系的に話をしなければならないようなことでも「意味がわからない!小学生でも分かるように話をしろ!」などという人は、まさにそのような感じです。

自分のバカさを棚に上げるという典型例です。そういう人は小学生くらいからやり直してもらわねばなりません。算数くらいから勉強し直しましょう。

また芸術的感性という面もありますが、それはどちらかと言うとオマケ的な感じがします。もちろんそれは通常の対人コミュニケーションや合理性を超えた抽象的な分野であり、一つの強みになるのですが、やはり基本は「読み書き算盤」です。

おそらくすべての要素をパスすることはできませんし、それぞれに最低レベルの感性レベルは必要なのではないかと思います。

たまに資格試験で各項目の最低基準点のようなものが設定されている場合があります。全体のスコアは高くても、全項目において、それぞれの最低基準の点数をクリアした上でないと合格はできないというようなやつです。

そんな感じでトータルでレベルアップした時、見える世界も段階が上がっていくというような感じがします。

「いいところをどんどん伸ばす」というのはいいですが、それに甘えているだけの人もよく見るので、そんな感じのことをふと思ったりします。

感性というと芸術の分野などを思い浮かべてしまいますが、例えば、ビジネス的な発想であっても、その奥に文系的かつ理系的な感性、そして時に芸術的感性が必要だと思っています。

マーケティングであれ、法務であれ、やり方・方法論はたくさんある中、何かを選び、組み合わせ、洗練させ、時に斬新な発想を持ってくるということが行われています。

より高いレベルで物事を行おうと思うのなら、やはりそれぞれの感性を高めていく他ない、というような感じがしています。

そんな感じで何かで限界を感じたら、いつもと違う要素を磨くようにしてみるのもいいのではないかということを思っています。


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