アフォリズム 411-420

アフォリズム 411-420

  • 411.相談相手
  • 412.慈悲と慢心
  • 413.恩恵に対する気の緩み
  • 414.感情対理性
  • 415.社会における消去法的責任
  • 416.うわべだけの掛け声
  • 417.大人に対する未成年の判断
  • 418.弱いフリ
  • 419.別にいいじゃないか
  • 420.苦の消滅と知識

411.相談相手

一人で抱え込んで突破口が見つからないのであれば、相談相手を探すということが理性に基づいた判断と行動であると言えるだろう。ただし、可能な限り感情的な相談ではなく、理性に基づいた「理性による助言」ができる相手を選ばなければならない。

412.慈悲と慢心

なるべく相手の幸せを願い、悩み苦しみが取り除かれるようにと、誠実に対応すればするほど、ここぞとばかりに慢心が膨らむような相手がいるため、慈悲については、単純でありながら、単純な言動を選択しにくいというような取り扱いの難しさがある。

「相手への慈悲だけ」が強調され、相手の表面的な感情の騒ぎをなんとかしようと、自分やその他の周りの人々等々への慈悲を棚上げするということは、起こりやすい誤りである。

413.恩恵に対する気の緩み

実質的に自分を守り、恩恵を与えてくれている者に対しては気が緩み、意向を軽視しがちである。その一方で、恩恵など与えないような威圧的で横暴な者の意向に合わせる、という構造がよく起こる。

そうなると温厚かつ実質的に恩恵を与えてくれている者としては、温厚でいられず威圧的で横暴にならなければならないというような構造を与えてしまう。

それでも温厚に恩恵を与えてくれているとするならば、二重に恩恵を受けていることになる。

414.感情対理性

感情で怒りをぶつけてくるものに対しては、理性のみで対応するのがもっと理想的な手段である。

どれだけ相手の感情が騒いでいようが、責任範囲と帰責性、それらに基づく実際の対応可能な範囲などについての事実のみを提示すると、相手はそれ以上何もできない。

仮にもしそれ以上を求めてくるのであれば、ただの強要であり、時にそれは罪となる。

相手の感情に影響されず理性を保ち、こうした構造を理性で捉えておけば、常に堂々としていられる。

415.社会における消去法的責任

あくまで社会において誰が責任を持つのかという視点から、消去法的に導き出された第一順位というだけで、本当に自分が責任を負うことなのか、というようような構造は、社会の中にありふれている。

416.うわべだけの掛け声

「こっちには規制や文句がくるわりに、あっちには文句すら言わない」という矛盾から、「その掛け声の奥に意図するのは別のものであり、何かしらの利権が関わっている」ということがすぐに露見する。

417.大人に対する未成年の判断

未成年が「相手は大人だから」という理由で、相手の主張をそのまま受け入れたり、頼りにしようと思うと悲惨な結果になることがある。

未成年の判断としては致し方ないようなものではあるが、相手は体としては大人でも、全ての成長が年齢に比例しているわけではない上に、若年者を保護するような意図すら根本からない場合もある。このため、あまり「大人だから」と一元化して判断基準にすることは避けることを勧めたい。

418.弱いフリ

都合が悪くなると弱いフリをするような者もいるが、弱いフリをしているだけの者にも、本当に弱い者にも、状況によっては容赦をする必要はない。常にそうしたことを念頭に置いておけば、いずれにしても平常心で平等に扱うということになるため、「弱いフリ」には何の有効性も生まれない。

419.別にいいじゃないか

「別にいいじゃないか」と、ある者は平気で言う。

いいのは君だけだ。

420.苦の消滅と知識

苦の消滅に関しては、知識や学力といったものは本来関係がない。むしろ様々な知識が執著や妄想を生み出し、現実の観察を阻害することの方が多い。

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