思想家の盲目

思想はただの思想で、それ以上ではありません。人を狂気に導く性質を持ちながら、問題は何も解決してくれないという性質を持っています。

以前に少し触れましたが、思想を持って、何かの活動をして、その結果社会が動いたとしても、そこで得るものは一瞬で消えます。社会が変化した様子を認識して感じているだけのことであり、結局騒ぐアイツの要求に答えているだけのこと。そんなことに振り回されるのは馬鹿げています。どれほどの力が現在思想家の中に集まらねばならぬか

思想家用語

ところで、思想家という人種はなぜ、思想家用語というか変な言葉を使うのでしょうか。

「かくあるべし」「かく語りき」などですね。

「こうあるべき」「こう言った」で十分なところを、なぜかそういう言い回しをする人が未だにいます。

「そういう言い回しの本をたくさん読んだから」とか、「この業界らしいだろ?」とか、自分たちの世界だけの共通言語を使ってその他のタイプと一線を画して優越感を得たいからでしょうか。

すいませんが、「かくかたりき」は、漢字の変換ですら「各方力」と出てしまいます。そんな言葉を飲み屋でも使っているのか、自分のお母さんと話すときにも「かくあるべしだよ!お母さん!」と言っているのか確認したいところですね。

これは坊主が漢字でお経を詠むのと同じです。

せめて思想家たるもの芸術家のように「クセ」のあるような人に思われたいのでしょうか。そうでもしなければ、本は売れない、講義に箔が付かない、テーマパークには来てもらえない、それじゃあ儲からない、というようなことなのでしょうか。

虫と書かずに蟲と書くには意味があります。爬虫類と一般的な虫の違いですから。

しかし「こうあるべき」を「かくあるべし」などと書く意味はよくわかりません。詩や小説などの文学作品での表現方法としてなら理解できますが、理屈を相手に伝えるのが主軸の世界で演出は不要ではないでしょうか。

そんなにカッコつけたい?

思想家の盲目 曙光 426


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