白っぽい、頼り切った微笑には美しさを感じたりしますが、そうした笑みだけに翻弄されてはいけない場合も多々あります。
入院中などは一番わかりやすいですが、何かしら悲惨な出来事があった後などに見られる「白っぽい、頼り切った微笑」は誰しもが見せるものでありながら、その美しさに感化されていると、追々苦しさが生じてしまうことがあります。
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先日、検査を受けた時の自分も鎮静剤の影響で「ふわ~」っとしながら、そのような「白っぽい、頼り切った微笑」を浮かべていたような気がします。
そんな感じで頼り切った感じで思わず微笑むことがありますが、気力体力の消耗から起こるようなものなので、その場のその表情は自然なものなので良いとしても、経験則からかそれを利用する人達もいるので困りものです。
非暴力的マインドコントロール
DVなどに見られる狂人への依存と同じようなもので、非暴力的ではありますが、そうした「白っぽい、頼り切った微笑」をうまく使って、相手に「自分が悪いんだ」と思わせるような術を経験則的に利用している人たちもいます。まあ端的には非暴力的マインドコントロールのひとつと表現するにふさわしいでしょう。
「白っぽい、頼り切った微笑」を見せられると、男性女性問わず一種の母性が生まれたりします。
そうした構造をうまく使い、時に意図的に見せることによって自己都合を叶えようとする人たちがいます。まあ詐欺師が典型例です。
一種の同情を乞うというものになりますが、こうした手を使われた側は、「私が悪いんだ」というマインドの方にコントロールされていきやすくなります。
DV依存においても「本当はいい人なのに私のせいで」という思考回路が出来上がっていたりします。そして、そうした構造が形成されるにあたって非暴力的というだけで、同じように「私のせいで」という構図に持っていくのが手、という感じです。
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だいたい、「白っぽい、頼り切った微笑」を使う人は、少し手をかけると調子に乗ります。そして、その感情の起伏によって意識が振り回されていきます。
「一度目の譲歩は、二度目の譲歩をも許す」
ということの、一度目の譲歩を「白っぽい、頼り切った微笑」で求めてくるわけです。
そんな笑みを見せるからと言って即座に胡散臭いというわけではないのですが、「もしかすると経験則的に自己都合を叶えるための成功法則として用いているのかもしれない」ということを頭の片隅に起き、相手がそれに見合うような人格を持っているかを具に観察しなければなりません。
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