本とマンガ

親戚に究極なギムキョな人がいるのですが、確か二十歳頃に「マンガはよくない」というようなことを言われたことがあります。その頃は毎日のように本を読んでいましたが、マンガが良くないと思ったことは一度もありません。むしろ本よりも表現が多彩なのでよい表現方法だと思います。公式的なものを示す場合には「無駄が多い」ということになりそうですが、日本の都道府県を覚えるには本を読むよりも桃鉄をしたほうが確実に覚えられるように、それを経験していない人にはわからない世界があるのでしょう。

マンガへの印象

思い返してみても、嫌いな本はありますが、嫌いなマンガは特に思い浮かびません。印象に残っていないだけかもしれませんが、「頭悪いなぁ」と思う思想家や学者はいても、そういうふうに思ってしまう漫画家は見当たりません。やはり、フィクションだからでしょうか。

印象に残る作品は、その世界観がトップレベルの文学の世界のような描写が多いように思います。例えば、駄作とされる欧米のヒーローものは、善悪がきっちり分かれていて、倒す倒されるが明確だったりしますが、日本の優れた作品は、敵の設定であっても「悪」なのかどうなのか考えさせられてしまう場合があります。

最近では、「コツ」のようなものが公式化されつつあって、ある程度の枠組みで浅いウケ狙いに終わっているような気がします。これはスマートフォンのゲームのようなもので、何かいくつかの条件をある程度そろえれば、短期的には凌ぐ事ができるというものです。コツのようなものがわかったからこそ、大学で学部ができたりするのでしょう。

技術は最大値で1.0

以前カメラマンの方とお話していた時に出てきたのですが、技術は内側の感性に対してのフィルター度合いでしかない、というようなことが出てきました。ちなみに僕は写真がよくわかりません。ですが、「表現系」に共通するものは、単純な掛け算で技術は最大値で1.0でしかないということです。

内側の数字がどれだけ大きいかで、技術力がなければそれがフィルタリングされて数字が少なくなるだけで、いくら磨いてもそれ以上にはなりません。やっていくうちに元の数字が上がっていくのも、今までは見えなかった世界が見えるので内側の観念が変更されていくからで、技術により1.2倍などになるわけではありません。

表面的な手法

ぽっと出の居酒屋やコンサルティングされる人と同様で、いくつかの要素があればそれで、ある程度の人のある程度の暇つぶしにはなるでしょう。

字のごとく、胸を強調した女子キャラなど、明らかに二次元での性的刺激を押し出すことがひとつの手法だったり、キャラクター設定、つまり性格を含めての登場人物の設定を今までにあったようなものの設定にすれば事足りる、というような構成面でのコピーが多いように思います。

それはそれで、同じようなもので構いませんが、そこからどんなことが飛び出すのかが要になってくるはずです。

たとえば藤子不二雄氏の作品は同じようなキャラ設定ですが、そのストーリーに日本人が持つ繊細な感性、優しさなど、彼のもつ感性が描写されています。キャラ設定、舞台設定だけ一緒でも、藤子不二雄氏の感性がなければドラえもんにはなりません。

僕のもとに帰ってきたドラえもん

そのような感性が軽視されるようになったのは、単行本の売り上げよりも様々なグッズ化で儲けようとするからでしょう。それが極めつけられて猫も杓子も「ゆるキャラ」ビジネスを始めようとしています。これは音楽における「メロディは作れないけどラップなら」と同じような構図ですね。

それでも、良い作品はずっと出続けています。そして、マンガの強みというか、非常に優れた点は、「焼き直し」がほとんどできないことです。

焼き直しと検索エンジン

コンビニで並んでいるような「心理学」の本などは、ほとんどが焼き直しです。そろそろ最新の研究のネタでもだせばいいのに、ほかの本に書いてあることをまた書いているだけで、チンケそのものですね。

著者も出版社も自分で恥ずかしくならないのか少し不思議です。タイトルを変えて少し内容をいじれば「新刊」です。もうそんなものはこの世になくていいものの最たるものですね。この点はグーグルのポリシーと同じです。最近の動画広告のつけ方には少し遺憾を感じますが、基本的なポリシーは共感するところです。

ただ、検索エンジンと同じように、全く同じならパンダアルゴリズムで弾くことはできますが、タイトルを含めて多少の変更が加えられたものは判別が難しい。ただ、実際は目次の見出しを見ればわかります。検索エンジンは中身の見出しまでそこそこ手を加えられていたら、「新しい」と判断してしまいますが、人間はそうではありません。

その点マンガを見る人の目は、本を読む人以上に厳しいですからね。「パクリ」はすぐに叩かれます。しかし、インターネット以上に本はひどいですね。インターネットは通信費以外に閲覧にお金はかかりませんが、本は基本的には売っているものです。

焼き直ししなければ会社が潰れてしまうのなら、その会社の規模がおかしいだけで、会社を縮小してコンテンツに集中すればいいことです。無駄に社員を抱え込んでいるツケを消費者騙しでカバーしようとしているだけですからね。

至高の芸術

Category:miscellaneous notes 雑記

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