アフォリズム 611-620
- 611.悩みや落ち込みの限界
- 612.臆病者の特権
- 613.結果の見積もり
- 614.話し下手
- 615.聞き下手
- 616.反応と余裕
- 617.守るとさらに無くなる余裕
- 618.内にこもり余裕がなくなる性質
- 619.余裕が溢れ出るまで
- 620.義務感からの解放
611.悩みや落ち込みの限界
悩み、そして落ち込むなら限界まで悩んで落ち込むがいい。
慢性的な悩み、落ち込みは、いかに苦しいものであっても、今までも耐えきってきたのだから、それは限界ではない。
本当の限界まで達した時、本気で頭が回り出し、何かしらの行動が促されるだろう。
612.臆病者の特権
臆病者の特権のひとつは、覚悟を決める瞬間が訪れやすいことである。
何も気にせず、何食わぬ顔でやってのける者が見落とした点を見抜き、そして臆病者ならではの覚悟と、覚悟に沿った良い結末を経験する。
613.結果の見積もり
「安心したい」という衝動に駆られ、うまくいかない場合やロスが起こる分などを勘定に入れずに何にでも最大の結果を期待するからこそ、失敗という観念が起こる。
見落としていた点を発見すること、この方法ではこの結果が出るという現実的なデータを得られたこと、それだけでも成功であると考えれば、失敗という観念は起こらなくなる。
それでも失敗という観念が出てくるのであれば、「その道自体が向いていない」「考え方自体が少し間違っているのかもしれない」という気付きの種かもしれないと捉え、「冷静さと客観性を得るよい機会である」と考えると良いだろう。
614.話し下手
話し下手というものは、話の組み立てが下手であるというよりも、相手のことが見えていないだけである。
615.聞き下手
聞き下手というものは、自分の興味関心にしか、興味関心がないだけである。そしてその範囲が狭ければ狭いほど、相手の話は耳に入ってこない。
そして時に相手が話している途中でも、自分の話を始めてしまう。
616.反応と余裕
この世には、性根が腐っているような者もいるが、ただ単に今現在余裕がないというだけの者もたくさんいる。
挨拶をして挨拶を返さないような、そんな返報性の原理に反するような礼儀知らずに見えるような者も、それだけ余裕がないというだけかもしれない。
「相手には余裕がない」
そう思うと、相手からの反応に対して、幾分気が楽になるだろう。
相手に余裕が無い時は、言葉がきつかったり、返事もロクにしなかったり、行動も遅かったりする。
ただ、そうした時でも、余裕のない相手に怒りを覚えるよりも、相手に余裕を与えることができるくらいにまで、まず自分に余裕をもたらさねばならない。
617.守るとさらに無くなる余裕
自分に余裕がない時に、相手にきちんと反応しようとすると、無理をした分だけさらに気力を消費してしまう。
このことを避けるために、家に引きこもるということを選ぶ者もいるだろう。ただ、そうしていても人を相手にするだけの気力は、なかなか戻ってこない。むしろ怒りや恐怖、恨みや僻みが膨れ上がっていくだけである。
ひとまず守りに入ってしまうのは致し方ないとしても、それが続くとどんどん余裕が無くなっていく。
こうした時は、気候や体調によって多少の余裕がある時に、軽い買い物程度でも外に出ると風穴が生まれる。
少しでも外に出た自分を評価し、少しずつ風穴を広げるとどんどん気持ちは開いていく。
618.内にこもり余裕がなくなる性質
気持ちが内にこもり余裕がなくなる性質は、「相手の期待に応えなければならないという」相手への配慮が元となっている。
まずは、それだけ繊細で優しいことを誇りにすればいい。
そして、相手の性格や機嫌や期待は、相手の性格や機嫌や期待であって、「応えてもいいし、応えなくてもいい」、ということ再確認し、「応えなくても自分の価値は変わらない」ということを自覚すると良い。
619.余裕が溢れ出るまで
温泉に行くにしても、あまりに余裕が無い時は、人が連れて行ってあげると言っても断り、自分の足で行くことも億劫になる。
自分に余裕がありそれが溢れ出ていれば、他人に対して、「連れて行ってあげようか」という言葉すら出てくる上に、実際に連れて行くこともできる。
それと同じようにあまりに余裕が無い時は、相手に挨拶すらできない。
しかし、余裕があれば、相手が少し驚いてしまうほどの明るい挨拶が自然とできてしまう。
そのようにして、余裕があれば勝手に溢れ出る。溢れ出るまでは、人に気を遣わないこと先決である。
620.義務感からの解放
余裕を作る一番の要点は義務感からの解放である。
世の中には、社会や特定の人からの期待があり、それに応えようとするからこそ、義務感が生じ、余裕がなくなる。
あまりに余裕がなくなった時は、
「発狂するよりはマシ」
と思った方がいい。
社会よりも特定の人よりも重要なのは「この心」であり、社会や特定の人からの期待など、いつでも吹き飛ばす覚悟は持っていた方がいい。
王子でありながら王位を継ぐことを放棄し、後に真理を観て聖者となった者がいるのだから。
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