タグ別アーカイブ: 心理

心理・意識・精神について

若き男は却物怯して

普段組織のトップに立つような人でも、あまり慣れていないことに対しては臆病になってしまうものです。 知人の話ですが、メディア出演する際に本番5分前まで40分間ほどトイレに立て籠もってしまったという事がありました。 やはり舞台慣れとでも言うべきか、何かしら不特定要素のある多数の人前に出るということに関しては、ある程度の慣れが必要になるのかもしれません。そのような話を聞いた時、「我が事としてはバンド活動を含め様々な経験をしておいて良かった」と思ったりもしました。 ― そのような場に出るにあたっては、元々図太い性格をしてい

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其の人を見てあわただしからんは、思はんことの恥かしとて

お客が来たときにだけ営業スマイルをしていればいいというようなタイプの人もいますが、そんな瞬間的な切り替わりをお客の側は敏感に察知していたりします。 もちろん雑で鈍感な人は気付かないということはあるでしょうが、平均以上の繊細さがあれば概ねそうした表と裏を瞬時に感覚で察知してしまうはずです。 「といっても仕事がつまらないのだから仕方がない」 と思う人もいそうなものですが、基本的には仕事がつまらないものになるか、面白いものになるかはその人の意識しだいという面を見逃すことはできません。 まあもちろん横暴な上司などに囲まれ、

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大丈夫は義を重しとす

「義」というものは、統制のためにMr.脳筋の思想が取り入れられたものである部分が多少なりとあります。しかしながら、そうした思想的なものがなくても、義を重んじるというところは大丈夫としてのあり方としてある程度自然に成り立っているフシがあります。 そうした義について、それを崩してしまうものの代表例としては、概ねムラムラによる錯乱と「女の入れ知恵」です。 男同士の友情において「友情が崩れてしまう」という局面において垣間見れるもの、それはたいていそうした「ムラムラによる錯乱と入れ知恵」です。 義崩れるところに弱体化あり 義

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をさなき心を肯け給はんや

中学校に上がる時、他の小学校からやってきたメンバーなどおらず、自分がいた小学校のメンバーだけのまま中学生になっていたらきっと「自作すごろく」のメンバーたちと一緒にシュミレーションゲームなどを開発していたんだろうなぁと思うことがあります(眠る感覚との再会)。 そこには人と人との中を保ち、膨らませる共同創造の要素があるからです。 ― 僕の友人の一人に、婚姻直前で婚約破棄ということが数回、その後見合いなどをするも数ヶ月で破綻ということを繰り返していた人がいます。 また、「実質上破綻している夫婦の方が円満な夫婦を遥かに凌ぐ

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問ひわきまふる心愚かならず

質問の仕方によって、その人が何を考え奥にどんな目的を持っているのか、ということや知能の程度がわかったりします。 抽象的な質問の仕方では返答する相手が対象の特定に困ってしまう、ということで、抽象的過ぎる質問は避けるべきであるということもありますが、あえて抽象的な質問をすることによって、無意識に潜む想念を表出化させるということもあるので一律には論じえません。 ただ、抽象的な質問をしておきながら、対象を特定するため、つまり具体化のためにこちらから質問をすると「質問に質問で答えるな」と言い返してくるような人がいたりもするの

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思ひがけずも師を労はしむるは

細かいところまで考えれば「意図せずとも不測の事態が起こる可能性はどこかしらにある」という理からは免れることができません。 どれだけ対策し、予防していたとしても、やはりたくさんの要素において不確定要素があるため不測の事態が起こりうるという感じになっています。 完璧や成功というものは何かしらの基準に基づく判断であり、基準のあり方によって「完璧である」とか「成功した」という感想が異なってきます。 というような構造がある中 「うっかりしてたなあ」 というような事態が起こった時に、「総合的な面でどういう状況を生み出すのか?」

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外勇にして内怯えたる愚将

普通に考えると、横暴な人が社会でうまくいくはずがないということになりますが、ブラック企業が完全には根絶されていないということにより示されるように、経済的な成功のようなものは、その人の人格とはイコールではないという格好になっています。 希望的観測で言うと「いつかは失墜する」ということになりますが、うまい具合に任期中は失墜せずにリタイアするという可能性も大いにありますし、だいたいその企業の内側にいる人はマインドコントロール下にあるので、革命のようなことも起こりにくいという感じになっています。 人の意識の性質として、急迫

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愛憐の厚きに泪を流して

そういえば昔漢字のテストで、あしたのジョーの「泪橋」につられる形で「涙」を「泪」と書き、丸をもらいつつも先生に呼び出されたことがあります。 さて、普段それほど問題がないと考えられる「憐れみ」ですが、もちろん副作用として相手に憐れみ乞いの癖がついてしまうということが起こったりします。 そして一方で、手をかけた側には、ほんのりとした喜びのようなものが生まれるため、相互依存を生み出しやすくなるという面もあります。 これが自分のことを自分でこなす人よりも甘え上手のほうが好かれ、実際に自分の分を自分でやる人よりも、頼んでやっ

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かなしき物がたりにこそ

悲しみや苦しみそのものは良きものではありません。それを発端として良きものとなりうることはありますが、それそのものが良いものではないのは自明の理です。 数多の悲劇のその内容は、その時代の生きる辛さを反映するような面があります。激的な悲劇が生み出される時、その時代背景として社会はより強いカタルシスを求めていたということが垣間見れたりもします。 表面的に見れば「何だそんなことか」と思えるような出来事であっても、表面には表れてこないじっとりとした不快な要素がたくさんあったりもします。なので本来は「わかりやすい悲惨さ」だけが

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人の痛楚む声いともあはれに聞えければ

弱っているものを助けよう、弱きものを守ろうとするのは、一般感覚として普段からあるような感覚ですが、時にこうした構造を利用して「弱っているふりをすれば何かしら相手に負担をさせることができる」という感じで自己都合を叶えようとする人もいるので困りものです。 「そうしたものには騙されまい」とすべてを遮断するというのも歪んだ極端であり、また、逆に全てにおいて手をかけようとするのも歪んだ極端です。 困っているフリをすることを含め「駄々をこねれば自分の願いが叶う」ということを経験則的に習得した人たちは、事あるごとに憐れみを乞うと

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家は頗る富みさかえて有りけるが

必要以上に与えることは、相手の自立や自分自身で獲得する自信、そしてそこから生ずる安心を奪うことになるのではないか、と思うことがよくあります。 実質的にはありがたいような援助であっても、そうした援助自体が自立の機会や意図を奪うことになり、結果、「自分一人でできた」という喜びや自信を奪ってしまうことになるというような感じです。 いくら所有物などで気を紛らわせようとも、本質的に自分には力がないという部分は紛らすことができません。いくら強がろうとも、それを支えるものが無く、自分で自分を騙すことはできないのだから致し方ありま

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友とする書の外は、すべて調度の絮煩を厭ふ

何かしらに集中しようと思った時、それを阻害するものをなるべく排除して脇に追いやった方が良いのは言うまでもありません。 しかしながら「集中しよう」と思ってからでなくとも、物を減らすことで煩いが減るのでなるべく物は無い方が望ましいという感じになっています。そんなこんなで家にテレビはありませんし、携帯電話も法人ガラケーです。 捨てないにしても押入れ、クローゼット、物置の類にしまっておくということをすれば、意識の乱れというか意識の振り回しが減るのでなるべくそうした方がいいのではないかと思っています。 でも「どっちにしろ使わ

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嫌な人との向き合い方

生きていると嫌な人と出会ってしまう機会がたまにあります。「趣味が合わない」という程度ならばいいですが、「脳が焼け焦げているのではないか?」と思うほどに多少気が狂れているような人や、周りが見えず自分の快楽だけを追求する傍迷惑な人、アラ探しや侮蔑等々により事あるごとに気力を奪おうする人など、多種多様な人と出くわしてしまう可能性は常にあります。 これらは怨憎会苦という「思い通りにならない苦しみ」です。そうなると怨憎会苦から逃れようと「何でも受け入れる人になろう」とか「人と会わないようにしよう」とか、そんなことを考えてしま

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耐えられる程度の微妙な暑さによる混乱がもたらした気付き

最近は日中が暑く夜はまだ若干涼しいという感じの気候が続いています。昼間の暑さは日差しの強さに依存しているというフシもあるため、曇り空ともなれば「耐えられる程度の微妙な暑さ」といった感じになったりもします。 気づけば脇に熱がこもっており、若干脇毛が絡まっているという感じの暑さです。 そんな微妙に耐えられる程度の気温の中、しばらく暑さをあまり気にかけずにいると、どんどん「回転」を含め頭の調子がおかしくなってきます。 つい昨日は、鳴滝と清滝を間違えたまま話を続けていたり、ミスタービーンと言っているつもりがミスターベーター

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嫌な記憶や辛い記憶の扱い方

おそらく誰にでも嫌な記憶や辛い記憶というものがあると思います。 「嫌な記憶や辛い記憶を忘れる方法はないか?」 「いっそ記憶を消す方法はないだろうか?」 ということを思う人も結構いると思いますが、無意識の奥底まで対象とするならば基本的に記憶というものは忘れることができないため、何かしらで表面的に出てくることを抑制することはできるかもしれないものの、それらは忘れ難く、忘れようとする試みは失敗に終わることがよくあります。 嫌という感情や辛いという感情が伴うような記憶の想起は、体の緊張を伴います。ということで体に刻まれた「

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面接会場で出くわした雑な人々

かつて就職活動中に面接会場で出くわした雑な人々についてでも触れていきましょう。やはり世の中には多種多様な人がいて、「雑な人の驚くほど雑な行動」で触れていたように驚くほどの雑さを見せてくれる人もいたりします。 その人ほどの雑さではないですが、もう少しマシな雑さではあるものの、それでも危ないレベルの雑さの人たちに大量に出くわしたことがあります。 かなり前のことになりますが、就職活動中において、採用活動の中に面接の一種としてグループディスカッションのようなものがあり、たくさんの就活生と共に大きな会場にて一同に介した時のこ

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感情的解決法では乗り越えられない論理的迷妄の壁

うつなどの精神症状が語られる場合、感情的なリラックス、身体的な楽さが軸に置かれ、それらをもたらすものであるようなコミュニティや「人と話すこと」などが大切であるというようなことが囁かれたりします。 しかしながら、ここであえて触れておきますが、そうした感情的解決法では乗り越えられない論理的迷妄の壁というものがあります。 すなわち、世間で提示される「解決策」は、イライラしたり不安だったりうつ状態になっている人に対して、何かしらの物理的処置、社会的関係性の調整等々によって「ほっ」としてもらえばそれで良くなるだろうとか、「人

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春に訪れる悲愴

ちょうど2年前の同じタイミングくらいの時に「春の感傷」で触れたように、どうしても春になると一度は悲愴な感じが訪れてきます。 それは単に冬の間の縮こまりが解放されるという程度であり、どちらかというと精神の領域ではなく身体的な領域の反応に伴ってという感じだと思っています。 例のごとく今年も数日前に瞳孔が開きっぱなしになり、体は蛹が殻を破るかのごとくになりました。 今回は泣いて目が覚めるというような感じではなく、起きている時に強烈な悲愴感がやってきて、走馬灯のように記憶が凄まじい速度でぐるぐる巡って気づけば自然と涙が出て

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撫でられることや撫でることの効果

撫でたり撫でられたりするだけで「ふわぁ~」っとします。 撫でられることの効果や撫でることの効果は論理で考える以上のものとなっています。 「撫でられることや撫でることでオキシトシンが出る」とか「精神症状にオキシトシンが効く」という物理的な観測もいいですが、それは、なぜ撫でられたり撫でたりすると抗不安作用や抗ストレス作用のあるオキシトシンが出るのかを説明はしていません。 そうしたことは雑談程度にしておいて、実質的に撫でたり撫でられたりするだけで「ふわぁ~」っとなるだからそれでいいのではないでしょうか。 そして、たったそ

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コンペ参加への依頼に含まれる傲り

稀にですが何を勘違いしたのか「コンペに参加しませんか?」とか「コンペ形式を予定しています」といった感じの連絡が会社に来ることがあります。 「コンペ参加への依頼に含まれる傲り」ということで、こうしたコンペティション(競技設計という概念)に含まれる上から目線的な傲りについて触れていきましょう。 なお、ここでいうコンペとは、コンペという言葉を使って助平心的に自己都合ばかり考えている発注主が利用するコンペという概念です。性質上コンペティションがふさわしいような分野に関するものすべてに対してではないのでご注意ください。 まず

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不要な細切れの情報

不要な細切れの情報にさらされると、意味はないどころか疲れが溜まったり、頭がわいたりしてしまいます。 例えば仕事の上であれば、一見意味のなさそうな細かなデータを常時見ることも後のまとまりのための布石となったりするので有用です。 毎日のようにデータを見ることは、ある相関関係や因果関係を発見したりして、その後の推論に役立つことがあります。 しかしながら関係のないような情報、とりわけ不要な細切れの情報を毎度毎度確認することに意味はありません。 勤め人の頃を筆頭に「それに意味があるかのように説いていた大人の人たち」は概して何

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緊張時や不眠時の精神統一

緊張時や不眠時の精神統一について軽く触れていきましょう。 緊張しているときや眠れない時は、落ち着こうと思ってもなかなか落ち着くことができません。 また無駄な思考や妄想がループしたりして無駄に疲れてしまうという時もあります。 そうした時に「思考によって思考を制する」ということはなかなかできません。 なので、手綱を取るように暴れる思考を制する実践的方法を軽めに少しだけご紹介します。 意識の散らかり 落ち着きの対極にあるものは、混乱や妄想といったものになります。そうした物を含め思考の活動は、刺激に対して反応するということ

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占いを信じる人たちの責任転嫁の心理

占いを信じる人たちの責任転嫁の心理ということで、占いに依存し、占い師の発言によって人生を導かれてしまう人たちの意識の構造について触れていきます。 占い師によるマインドコントロールや洗脳という事例に関する報道も一度や二度ではありません、そんな中でも未だにこうした占いへの依存が後を絶えません。こうしたものは、全面的に否定するというよりも、その本質的な依存の原因を探り、そして某かの有用性のようなもの、つまり機能を捉えて心理的な構造を見抜いた方が賢明です。 「それは古代から続いていて、いつの時代も占いの方に頼ろうとしてしま

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凛として淡々とした平常心

まあ社会的な騒ぎで微妙に狼狽えてしまっている人も多いと思いますが、僕はいつも通りの平常心のままだったりします。 本当に必要なニュースは嫌でも誰かが伝えてくれたりもしますし、社会的な不安ベースの情報は「見ても仕方がない」ということを十代の時に思ったので、特にニュースも見ていません(自宅にはテレビ自体もないですからね)。 どのような社会問題も、今一度普通に冷静に考えてみると「あまり関係がない」ということを思ったりはしないでしょうか。 「当事者とするならば」ということを思って、感情の動きや思考の動きを想定するという「能力

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情報が内部循環することによる疲弊

情報の一方的な垂れ流しというのも煽動される要因となるので問題がありますが、「見たいものを見る」という形でパーソナライズされた情報というものもまた、偏見を加速させ、同時に「情報が内部循環していくことによる疲弊」をもたらしていくものでもあります。 それは個人レベルでも疲弊をもたらしますが、そうした「人」で構成される社会全体も疲弊させていくものでもあります。 ある程度自分には適しているという感じで特段強いストレスはありませんが、同じような情報ばかりになるので「面白くない」という感じになっています。 新しい世界を発見するた

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