1983

1983投稿目ということで、1983年について、というより相当幼い幼少期の頃について触れていきましょう。

僕は1983年(昭和58年)に生まれました。

といっても12月生まれなので、1983年を過ごした期間はほぼわずかで、新生児の頃という感じになります。

そういえば僕の銭湯歴は相当長く、生後一ヶ月で銭湯デビューという感じだったようです。

家に風呂があったらしいのですが、おばあちゃんが風水か何かの入れ知恵に影響され「縁起が悪い」と言ってぶち壊し、一家全員で近くの銭湯に通う習慣がついていたという背景があったようです。

現代では軽いレジャーのような扱いがある銭湯ですが、当然にまだまだ社会インフラとしての機能が残っていて、近所の人達も連日訪れていましたし、家の近所にも今よりたくさんの銭湯がありました。

僕が小さい頃の京都では、まだ路地の中にカエルがいるほどの環境でした。それは良いのですが、逆に糞尿臭さもそこそこで、コンビニが乱離するまでの間は公衆トイレも多く、また、立ちション、犬の糞の放置など当たり前の時代でした。

そんな若干のワイルドさが残る時代であり、まだ地域社会の関係性も強い時代でした。

なお、よく弟や妹が生まれると愛情を欲しがって僻むというようなことが言われたりもしますが、祖父母とも同居、家の向かいのおばあちゃんちには入り放題(親戚ではありません)、近所の人とは毎日銭湯で顔合わせ、という感じだったので、そうした思いは全く無く、母に確認してもそうした気配は全く無かったようです。

初めての記憶

遠い記憶をさかのぼり、遡っていって覚えている最初の記憶は、母方のおじいちゃんの記憶です。

三歳以前くらいの記憶は残らないと言われつつ、強いショックを伴う出来事が起こるとその時点から記憶が始まるというようなことが言われたりします。

正確にはいつかはわかりませんが、二歳くらいの時、母の実家の玄関で、車椅子に乗ったおじいちゃんに頭を撫でられたのが一番最初の記憶であると思います。

強いショックという感じではありませんが、脳卒中か何かで車椅子になったおじいちゃんが、再び入院するというような感じで家を出る時か何かの瞬間だったと思います。

その時「もう会えないかもしれない」と幼心に感じた瞬間が自分の中での一番最初の記憶です。

おじいちゃん側がそうした空気感を出していて、それを察知したのか何なのかはわかりません。

その後、しばらくしておじいちゃんは亡くなったようですが、その葬式等々のことは全く覚えていません。

でも、おじいちゃんが生きていた最期の時、最期の玄関での出来事は鮮明に覚えています。

おじいちゃんが亡くなった日から計算すると、満二歳ちょっとくらいの時になります。

「どうしてそれ以上前のことは思い出せないのか」

というようなことを時折思ったります。

それはストーリー的には思い出せないというような感じで、普段慣れ親しんでいる「思い出す」というような形では思い出せないだけなのではないかと思います。

条件反射のようなものは残っていて、人によっては評価の異なるような反応は一種の記憶であり、そうしたものは残っているということになるでしょう。

他の人は何とも思わないものの自分としては安心する声や匂い等々がそれに当たります。

むしろそうしたもの以外は、思い出す必要がないからこそ、一般的な記憶としては残っていないのでしょう。

きっと何か大切な部分はどこかに残っているので、記憶として思い出せなくてもそれで良いと思っています。

Category:miscellaneous notes 雑記

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