内制止

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内制止(internal inhibition)とは、消去手続により形成される積極的な制止過程のことで、反応を生じさせないようにと働く生体の積極的な抑制作用のことである。内制止は、パブロフ氏が用いた概念で、消去による反応の減衰は自発的回復や脱制止の現象を考えれば単純な興奮過程の減衰ではなく、反応を積極的に制止する内的過程の発達によるとされた。

条件づけにおける消去と自発的回復

ここでいう「条件づけ」における消去とは、条件刺激のみを提示し、無条件刺激を随伴させないことで「条件刺激」を消失させる手続きのことである。また、自発的回復とは、消去後に一定期間を経過すると、条件反応が回復することであり、脱制止とは、消去の間に「条件刺激とは無関係な刺激」を提示すると、一時的に条件反応の強度が回復することを意味する。

内制止は、単に刺激による興奮が冷めていくということだけでなく、生体としての抑制作用が積極的に働いているということを示す概念である。

条件性制止や分化条件づけにおいても同じように内制止の過程が働いていると考えられている。

条件付き抑制の動的メカニズムと神経計算論的モデル

内制止(Internal Inhibition)あるいは条件性抑制(Conditioned Inhibition)と呼ばれる現象は、学習心理学において最も誤解されやすく、かつ最も洗練された適応機能の一つである。これは単なる「反応の欠如」や「忘却」ではない。生体が環境からの信号を分析し、「特定の条件下ではイベントが発生しない」というネガティブな予測を積極的に学習した結果生じる、高度な抑制状態である。ブレーキを踏む行為が、アクセルを踏まないことと同義ではないのと同様に、抑制とは脳による能動的な制御プロセスである。

パブロフ氏の古典的解釈と生理学的推論

1920年代、条件反射の研究体系を確立したイワン・パブロフ氏は、この現象を大脳皮質における神経プロセスの観点から説明しようと試みた。彼は、ベルの音(条件刺激:CS)に対して餌(無条件刺激:US)を与え続けると興奮プロセスが形成される一方で、ベルの音だけで餌を与えない試行を繰り返すと、脳内に「内制止」という生理的な抑制プロセスが発生すると仮定した。

パブロフ氏にとって、この抑制は興奮と対をなす拮抗的な力であり、大脳皮質上を波及(照射)したり、一点に集中したりする物理的なエネルギーのような挙動を示すものであった。彼は、学習の消去(Extinction)や分化(Discrimination)といった現象も、すべてこの内制止のバリエーションとして統一的に捉えていた。現代の視点から見れば、彼の生理学的仮説の細部は修正を要するが、「学習とは興奮と抑制のバランスの上に成り立つ」という基本思想は、現代神経科学の核心を突いている。

「何もしない」を測定する レスコラ氏の証明

行動レベルにおいて、動物が「反応しない」という現象が、単なる注意散漫なのか、それとも学習された抑制なのかを区別することは長年の課題であった。この問題に対し、ロバート・レスコラ氏は「加算テスト(Summation Test)」と「遅滞テスト(Retardation Test)」という二つの厳密な検証手続きを提唱し、抑制の定義を操作的に確立した。

加算テストでは、反応を引き起こす興奮性の刺激(CS+)と、抑制性の刺激(CS-)を同時に提示する。この時、反応が減弱すれば、CS-は能動的な抑制力を持っていると判断される。言わば、アクセル(CS+)とブレーキ(CS-)を同時に踏んで車が減速することを確認する手続きである。レスコラ氏の研究は、抑制が「負の連合強度」を持つ独立した学習要素であることを数学的な厳密さで証明し、後の学習理論のゴールデンスタンダードとなった。

予測誤差とレスコラ・ワグナーモデル

1972年に発表されたレスコラ・ワグナーモデルは、内制止のメカニズムを計算論的に記述する上で画期的な転換点となった。このモデルによれば、学習は「予測」と「実際の結果」とのズレ、すなわち「予測誤差(Prediction Error)」によって駆動される。

通常、予期せぬ報酬が得られると連合強度はプラスに働く(正の予測誤差)。逆に、報酬が期待されている状況でそれが提示されない場合、予測誤差はマイナスとなる。この「負の学習」の蓄積こそが内制止の正体である。数式上、抑制刺激は負の値を持ち、興奮刺激の正の値を相殺することで反応をゼロ以下へと押し下げる。このアルゴリズムは、後の人工知能(強化学習)の基礎理論ともなり、脳が情報を処理する際の普遍的な計算原理として支持されている。

ドーパミン神経系と抑制の神経基盤

現代の神経科学において、この予測誤差の理論は脳内のドーパミン作動性ニューロンの活動として物理的に確認されている。ウォルフラム・シュルツ氏らの研究により、中脳のドーパミンニューロンは、報酬が予想以上に良かった時に発火頻度を高め、予想通りだった時にベースラインを維持し、予想に反して報酬が得られなかった時(抑制学習時)には、発火活動がベースラインよりも低下(Dip)することが明らかになった。

つまり、内制止が形成される瞬間、脳内ではドーパミンの一時的な枯渇という明確な神経信号が生成されているのである。さらに、この抑制信号は前頭前野(Prefrontal Cortex)によるトップダウン制御を通じて、扁桃体などの情動中枢を鎮静化させる役割を担っている。不安障害やPTSDの治療においては、この内制止の機能をいかに回復させ、「安全信号」としての抑制刺激を脳に再学習させるかが、臨床的な介入のポイントとなっている。

外制止

なお、内制止とは対をなす概念で「外制止」というものもあり、こちらは、強い外的刺激で条件反応を消去する手続きのことを指す。

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Category:心理学

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