未だに演劇で感動したことがありません。
演劇、舞台、芝居と言われる類においては、ほとんどの場合強烈な寒気がして鳥肌が立ち「見ているこちらが恥ずかしい」という気分にしかなったことがありません。
そんな中、やはり玉サブローが大好きであり、七色いんこが大好きなので「一度でいいから演劇でブラボーと叫んでみたい」という気持ちがしています。
演劇で感無量になってみたい
音楽や絵画、そして小説や映画やアニメではブラボーという気分になったことがあるのにどうして演劇だけは無理なのかということが気になり、芸術大学で教鞭をとっている友人などに
「一度でいいので演劇で感無量になってみたいのだが、そうしたものはどうやって見つけたらいいのだろう?」と聞いてみると、
全ての人に「多分一生無理だよ」と言われてしまいました。
「ハズレを引くと寒気がするからなぁ…いい舞台はどうやって見つけていけばいいのだろう?」と聞くと、なぜか音楽の話になったりしました。
どのような音楽が好きでどのような音楽が嫌いなのかというような話です。
そして嫌いなアーティストを伝えると
「じゃあ多分この世に無いわ。
恥ずかしさを隠したような『作られたもの』に寒気がするんだろう?
じゃあ多分無理だよ。
俺も無理だもん」
と言われてしまいました。
そして議題は「なぜ、よしもと新喜劇はまだ大丈夫なのか?」というようなものに移りました。
結論としては、「劇中の人格としてではなく、芸人としての人格のままで演じられているから」ということになりました。
「パントマイムなら?」とか「歌舞伎なら?」とか「オペラなら?」などなど、いろいろと検討してみたりしましたが、やはりそうではなく、僕の中では今まで寒気しかしたことがない一般的な「芝居」で一度くらい感動してみたいという感じです。
海外に行けばハイレベルなものがあるのかもしれませんが、やはりネイティブでもないのでより深く味わえないような気がしますし、日本語で日本人が演じるという構造で感動してみたいという感じになります。
「なるべくたくさんの一流に触れる」ということにおいて、僕の中でまだ一流のものに出会っていない分野として僅かばかりの期待もありながら、それほど期待もしていないというような変な形になっています。
どこでそうした一流に出会えるのかもわかりませんし、どうやって見つけていけばいいのかもわかりません。それはそれで一つの楽しみといえば楽しみなのですが、期待していない僕もいます。
純粋にそうしたものに出会ってみたいという気持ちはありますが、今までの経験から「条件づけ」が完成しており、それを避けるようにプログラミングされています。
そして、「ブラボーと叫ぶほどのものに出会ったから何なのだ」という冷めた気持ちもあります。
ただそんな中でも、一度くらいは思わず「ブラボー」的な感じで興奮してしまうようなものに出会ってみたいなぁという気持ちもあります。
七色いんこと玉サブローがもたらした提案
この意識として「演劇によって理性を超える瞬間があるのか?」というような興味であり、特に超える必要はないのですが、「条件づけを超える」ということへの興味でもあります。
これは完全に「七色いんこと玉サブローがもたらした提案」です。
七色いんこの「終幕」への感動がそんなことを提案してきたという感じです。
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