ヒカリゴケ(光苔)は、シッポゴケ目ヒカリゴケ科ヒカリゴケ属のコケです。苔なので洞穴や岩の隙間や倒木した木の陰等々苔の生えやすいところにいます。
蛍光の反射のような光を放っているように見えるので、ヒカリゴケという名がついていますが、蛍光反射テープ等々と同様に光の反射によって光っているように見えるだけ、という感じのようです。

ヒカリゴケ
レンズ状細胞が光を反射し、レンズ細胞内の葉緑体でエメラルドに光っているように見えるだけで、蛍のように自分で発光しているわけではないらしいです。
コケやシダにおいては胞子の発芽後に形成される「原糸体」という構造があります(胞子発芽後の糸状の状態)。ヒカリゴケはこの原糸体がレンズ状の細胞を作り、これが光を反射する機能をもたらしているようです。

ヒカリゴケ(光苔)
ヒカリゴケはコケの一種ですが、この一種のために細かく分類される1科1属1種のコケで、国内では北海道と本州中部地方以北の亜高山帯に生息しています。ちなみに天然記念物のようです。
国外では、ヨーロッパ北部、ロシア極東部、北アメリカの涼しい地域に生息しているようです。環境の変化に弱いようで準絶滅危惧種に指定されています。
学名:Schistostega pennata
自ら光らないという「謙譲」
「ヒカリゴケ」という名を持ちながら、彼らは自ら光を発しているわけではありません。ホタルや夜光虫のような「生物発光」とは異なり、彼らの輝きは外部からの光を反射したものです。
これを専門的には「再帰性反射(さいきせいはんしゃ)」と呼びます。道路標識や自転車の反射板と同じ原理です。洞窟の入り口などから差し込むわずかな光を受け取り、それを光源の方向へ向けて正確に送り返しています。自らはエネルギーを使わず、与えられた光を増幅して返す。その受動的な輝きは、自らを主張するのではなく、世界を映し出す鏡のような静けさを湛えています。
輝きの正体は「レンズ細胞」
なぜ、ただの苔がこれほどまでに美しく輝くのでしょうか。その秘密は、ミクロの世界に隠されています。
ヒカリゴケの細胞の一つ一つは、球状の形をしており、これが光を集める「レンズ」の役割を果たしています。
薄暗い環境で生きる彼らは、わずかな光も無駄にしないよう、細胞レンズで光を屈折させ、細胞の奥底にある葉緑体へと集光します。私たちが目にしているエメラルドグリーンの光は、葉緑体で吸収しきれなかった光が、再びレンズを通って戻ってきた余光なのです。生きるために光を追い求めた進化の結果が、偶然にも私たち人間に宝石のような美しさを見せているに過ぎません。
「子供」の時だけ輝ける運命
実は、ヒカリゴケが光るのは、彼らがまだ「原糸体(げんしたい)」と呼ばれる幼い期間だけです。これは植物でいうところの発芽直後の状態に近いものです。
成長して茎や葉を持つ「茎葉体(けいようタイ)」という大人の姿になると、レンズ状の細胞はなくなり、普通の苔と同じ地味な姿に変わってしまいます。私たちが洞窟で感動しているのは、成熟する前の、ほんの一瞬の青春の輝きです。大人になれば光を失う。ヒカリゴケのライフサイクルには、どこか早熟な天才の憂鬱や、失われた無垢への郷愁のような物語が含まれています。
貪欲さを戒める「ゴブリン・ゴールド」
欧米では、ヒカリゴケのことを「Goblin Gold(ゴブリンの黄金)」と呼びます。これには寓話的な意味が含まれています。
洞窟の中で黄金に見えるからといって、欲に駆られて家に持ち帰ると、そこにあるのはただの汚れた土と枯れた苔だけです。光の差し込む角度、湿度、温度、その場所の環境すべてが揃って初めて成立する美しさだからです。所有しようと手を伸ばした瞬間に、価値あるものは消え失せる。自然の美とは、その場に行って敬意を持って眺めるものであり、決して所有できるものではないという教訓を、この苔は教えてくれます。
覗き込む角度という「対話」
ヒカリゴケを見る際、ただ漫然と眺めても光っては見えません。光源(入り口からの光)と自分の目の位置関係が重要です。
光が入ってくる方向に対し、できるだけ目線を同じ高さに合わせて覗き込む必要があります。背を低くし、地面に近づき、苔と同じ目線に立つ。そうして初めて、鮮烈な光が目に飛び込んできます。こちらが姿勢を正し、相手に合わせようと努力した時にだけ心を開いてくれる。ヒカリゴケとの遭遇は、自然との対話における礼儀作法のようなものを私たちに求めてきます。
絶妙な「薄暗さ」の均衡
彼らが生息できる環境は、極めて限定的です。明るすぎれば他の植物との競争に負け、暗すぎれば光合成ができません。
「暗いけれど、光が届く」という矛盾した場所。岩の隙間や倒木の陰など、他の植物が見向きもしないニッチな環境を選び、そこで独自の集光システムを進化させました。弱者であるがゆえに手に入れた輝き。生存競争の激しい森の中で、彼らの生き方は「弱者の戦略」として一つの完成形を示しています。
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