パンジーとビオラ

パンジーとビオラ

パンジーとビオラは、共にスミレ科スミレ属であり、サイズによって区別されたりもしますが交配が進み複雑に交雑された品種がたくさんあるためあまり区別がつきません。

パンジーとビオラ1

こちらは紫色で花弁が縮れている品種です。

大輪のものがパンジーで、パンジーのうち株立ちの小輪多花性種をビオラ(ヴィオラ)と呼んだりしますが、今でもその違いがよくわかりません。

パンジーとビオラ2

パンジーとビオラ2

馬で言うところのポニーのごとく、サイズ的に5cmを目安にそれ以上ならパンジーで、それ未満ならビオラというふうに説明されたりもしますが、根本的にViola(ビオラ)自体がスミレ属を意味する語であるためさらにややこしくなっています。

パンジーとビオラ

パンジーとビオラ

花弁は5枚ですが、様々な色の品種があり、柄もバラバラです。

パンジーとビオラ3

パンジーとビオラ3

学名:Viola × wittrockiana

唇弁に描かれた「滑走路」

パンジーやビオラの中央部分にある、あの独特のヒゲのような黒い線。あれを単なる「顔」や「模様」として片付けてしまうのは早計です。専門的には「ネクターガイド(蜜標)」、あるいは「ハニーガイド」と呼ばれています。

私たち人間には美しい模様に見えますが、紫外線を識別できるミツバチの目には、あそこが強烈に発光して見えています。「ここに着陸せよ、この奥に蜜がある」と指示する、空港の滑走路の誘導灯そのものです。あの可愛らしい顔立ちは、受粉を確実にするために計算され尽くした、高度な視覚工学の結晶なのです。

「継母」と呼ばれる残酷な配置

フランス語で「物思い(Pensée)」という優雅な名前を持つ一方で、ドイツやイギリスの一部では「Stepmother(継母)」という、少しドキッとする別名があることをご存知でしょうか。これは花の形を、家族の座席に見立てた民話に由来します。

一番下にある大きな花弁は「継母」。彼女は豪華な椅子(ガク)を二つ独占して座っています。その左右にある花弁は、彼女の「実の娘たち」。彼女らはそれぞれ一つの椅子(ガク)を持っています。そして、一番上に追いやられた二枚の花弁は「義理の娘たち」。彼女らは二人で一つの椅子(ガク)を共有し、窮屈そうに立たされています。 可憐な花の中に、中世ヨーロッパの家庭内の複雑な力関係を見出す。昔の人々の想像力は、時に美しさの中に毒のようなリアリティを混入させます。

裏の顔は「カタパルト」

花が終わった後、多くの人がすぐに「花柄摘み(がらつみ)」をしてしまいますが、もし種を採るつもりなら、彼らの豹変ぶりに驚くことになります。

パンジーやビオラの種子散布方法は、風任せでも動物頼みでもありません。「自力射出」です。成熟して乾燥した種子の鞘(さや)は、ある瞬間、物理的な限界を超えて弾け飛びます。その勢いは凄まじく、種を数メートル先まで吹き飛ばす「カタパルト(投石機)」の役割を果たします。穏やかな微笑みの裏に、子孫を新天地へ送り込むための爆発的なエネルギーを隠し持っているのです。

日本がリードする「育種のヌーヴェルヴァーグ」

実は今、世界中の園芸家が熱い視線を注いでいるのが「日本のビオラ」です。

かつては「大輪で単色」が良しとされた市場に、日本人の個人育種家たちが「極小輪」「アンティークカラー」「ウサギ型」「焼け焦げたような複雑な色」といった、繊細で絵画的な品種を次々と送り出しました。これらはもはや園芸品種という枠を超え、「育種アート」とも呼べる領域に達しています。境界が曖昧になりつつあるパンジーとビオラの世界において、日本の繊細な美意識が、世界のトレンドを書き換えつつあるのです。

ベルベットを食べるという官能

パンジーやビオラは「エディブルフラワー(食用花)」の代表格でもあります。もし無農薬で育てたなら、ぜひサラダに散らして食べてみてください。

味そのものは淡白で、レタスのようなシャキシャキ感がありますが、特筆すべきはその「舌触り」です。花弁の表面にある微細な突起が、口の中でベルベットのような上質な感触を生み出します。視覚で楽しみ、物語を思い、そして最後にその質感を舌で味わう。それは植物との最も親密で、官能的な対話の形かもしれません。

「徒長」は光への渇望

暖かくなってくると、茎がひょろひょろと伸びて形が崩れてしまうことがあります。これを「徒長(とちょう)」と呼び、失敗とみなされがちです。

しかし、これは彼らが「もっと光を!」と叫んでいるサインであり、あるいは「そろそろ種を作るために背伸びをしたい」という合図でもあります。プロフェッショナルは、この徒長をただ嘆くのではなく、一度思い切って茎を半分ほどに切り戻します(カットオーバー)。そうすることで、彼らは再び重心を低くし、春の終わりまで咲き続ける活力を取り戻します。崩れることを許容し、手を入れることで再生させる。そこには、老いと再生を巡る園芸家の哲学が試されています。

Category:植物

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