人生をリセットする

よく「人生をリセットしたい」とか「リセットボタンがあったらなぁ」なんてなことを言う人がいますが、まあとりあえずは現状が嫌で仕方がないのでしょう。

そういうわけで、うつテーマとして「人生をリセットする」といったことについてでも書いていきます。

「人生にリセットボタンなんて無いぜ」みたいなことを言う人もいますが、おそらく巻き戻して同じ人生の延長で「あのシーンを修正したい」ということに対してにでも言っているのでしょう。

記憶の連続性と人生のリセット

よくよく考えてみると、「人生をリセット」という場合には、記憶の連続性の中で過去に遡るというようなことを意味している感じがします。しかしながら、その根底には記憶の連続性を実在としているフシがあります。

もう常連さんならお察しの通り、人生をリセットするも何も、根本的に諸行無常で「人生」というものは本来続いてはいないのです。

つまりどの時点からでも新しいストーリーを展開していくことができます。

換言すれば、毎日、毎瞬、新しい場所にいるのだから、いつでもどこでもリセットしているのです。

ただし、そこに過去からの延長と過去の記憶による判断基準を持ち込んではいけません。

自分の描く「幸せな自分像」

自分の描く「幸せな自分像」も過去からの延長で考えているはずです。

だからこそ、結果である現状を操作しようとしてしまうのです。

「復縁がしたい」

「もう一度あの栄光を」

というのも過去からの延長です。復縁が叶えば自分は幸せになれるというのは、過去の記憶から考えた「幸せな自分像」です。

それは意識的、言語的な記憶と情動の記憶から成り立っています。

それをまずは外してみましょう。

それができたのなら、例えば自分の身の回りの人とも「今からがスタート」です。

現状がガラッと変われば「リセットしたい」とも思わなくなるはずです。

「人間万事塞翁が馬」ということを知ってはいるものの、「現在は何かのプロセスの中間地点だから気にすることはない」ということすら思えません。今苦しいから今苦しい原因を過去にさかのぼって考えている、というのがその本質的な部分になるでしょう。

所詮人生をリセットしたいというような嘆きは、現状への不満からしか起こっていないというのが本当のところです。

そしてその不満は、過去からの延長で今を考えているからこそ起こっているということになります。

そしてさらに現状の自分が描く「幸せな自分像」すらも過去の延長なら「過去がこうであったら今の自分は…」という妄想すらも、何かしら過去の延長なのです。

「人生をやり直したい」と思う時

「人生をリセットしたい」という場合、もちろん根本的に生まれ変わりたいというものもあると思いますが、その場合はおそらく「生まれ変わりたい」と思うはずです。

「人生をやり直したい」「人生をリセットしたい」という場合は、どこかしら過去の記憶の「良かったポイント」まで帰りたいという雰囲気があります。

そうとまでいかなくても、リセットしたいと思うことは、過去の記憶を総合的に勘案して「幸せな自分像」を思い描くという方向性を持っています。

しかし、そうした記憶、つまり意識的言語的な記憶や情動の記憶を発端として人生のやり直しを考えることは、過去の記憶による呪縛を保ったままになってしまいます。

リセットではなく「新しい関係性」

そういうわけで、そうした今の時点で保持している記憶による呪縛や柵をひとまず一切排除して「今からがスタートだ」という感覚を持ってみましょう。

かつての「良かった記憶」を思い出して、そちらにすり寄せていこうとしなくても、「新しい関係性」を作り出していけるはずです。

良かった記憶や嫌だった記憶というものの延長で、現状を操作しようとするよりも、今この瞬間から新しい世界を作り出しましょう。

その時の設定にも過去を持ち出してはいけません。

「あの時と同じように」

という風に設定してはいけないのです。

今後どうありたいか

人生をリセットしたいという場合は、とにかく過去からの連続性の中で記憶による基準をもとに現状を判断し、いっそ変えてしまいたいと思っているはずです。

そういう感じで「昔は良かった」とか「あの時ああしていれば」という感じのことを思っているはずです。

しかし、その時の行動や状況がどうあれ、その時のその場面ではそれがベストだったと捉えるしかありません。

そして過去に輝かしい瞬間があったとしても、それはそれっきりです。

とにかくいま現状生きているということは、それだけでそれまでの行動が正しかったと考えることができます。転んで痛い思いをしたから、その後に大ゴケすることはなかったという感じで考えることができますし、本当に間違っていたなら死んでいますから。

そんなわけで、人生をリセットしたいと思うくらいなら、今からどうありたいか、今後どうありたいかを思い描くほうが理に適っています。

その場面で現状の把握は必要ありません。

ともすれば責任がどうのこうので犯人探しをしようとしたりする場合がありますが、そうしたことは過去をベースにしています。

厳密な犯人探しをするよりも、今後の予防策を考えるほうが理に適っています。

犯人を探して懲らしめようとするよりも、今後犯罪を犯せないような仕組みを作るほうがいいのです。

リセットボタンを手元に置いておく

「人生にリセットボタンなんて無いぜ」という人もいますが、確かに過去からの延長線上で過去に戻るというようなリセットボタンはありません。

しかし、毎瞬がリセットされているというのが本当のところです。

今というこの瞬間に意識を集中させることで、記憶の連続性の呪縛から抜け出すことができます。

といっても、そんなことはある程度の実感が無いとわかりません。

ということで、本来は必要ありませんが、リセットに気付くためのリセットボタンを手元に置いておくというのも、最初のうちは良いのではないでしょうか。

寝て起きた時に「この世界にようこそ」と思うというのでもいいですし、少し臨床技術的な事を言うと、眼球の運動を止めて思考を止めるというのでも構いません。

何か大好きなぬいぐるみやアクセサリーを枕元においておいて、それを触った時に「今からこの世界が始まるのだ」とつぶやいても構いません。できればその時に「今」に意識を集中させてみましょう。

ちなみに目を閉じて瞼の上側を見つめてジーっとしていると思考は止まりやすくなります。つまり上方を見るだけで大丈夫です。

ただ、この時は思考が止まっているので、音声情報がダイレクトに意識にやってくることがあります。テレビを付けながらやるとテレビに洗脳されるかもしれないので静かな場所で行いましょう。

そして目を開けて視界が戻った時に、「今からスタートだ」と思うのでもいいでしょう。ポイントは過去を持ち込まないことです。

「すでに知っている人」で、「どういう属性の人」であるかというのはすべて無視です。同様にすべての対象を無属性にします。

その上で、「今後会う人全てに祝福を送り、そして祝福を送られる。ただし、結果には執着しない」

といった感じでスタートしましょう。

で、その上でどうありたいかイメージしてみましょう。

心地よい体感とともに。

「今」に集中することと今をスタートとすること

Category:うつ、もしくはうつ気味の方へ

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