背後の問題

ある人間がいくら明らかにして見せても、人は次のように問うことができる。それは何を隠しているのだろう!それはどこから眼差しを逸らさせるのだろう?それはどんな偏見を刺戟するのだろう?そしてそれからさらに。この偽装の精巧さはどこまで及ぶのか?そしてその際どこで彼は失敗するのか? 曙光 523

とにもかくにも、ほとんどの場合、議論の裏には感情が隠れています。

やれ常識だ、理論だというものを持ち出していた場合でも、その奥には主義思想、それも感情的なものを源流としてあれこれ言っているにすぎないことがほとんどです。

まれに、きちんとした議論ができる人がいます。それは、だいたい感情を超えているはずです。

天才会議か何かで、宮崎哲弥さんが「バカがバカだと気付くのには相当時間がかかったよ」みたいなことを言っていたのを思い出します。

知人の弁護士に聞いたのですが、たまに、別れ話になった時に「法律家に相談する」みたいなことを考える人がいるそうです。

で、それは財産をどうするかというようなことではなく、「自分だけを愛するように誓約させる」みたいなことを本気で相談に来る人がいるそうです。

つまり、約束し得ぬ「感情」を約束させようとするという感じです。

ワンランク上の女性起業家

次に、引き続き「こんな人もいますよ」という事例ですが、「名刺に代表取締役と書きたいから法人化したい」と相談を受けた知人の税理士がいます。その相談者の配偶者の顧問税理士です。

なんでも最近「女性起業家」みたいなのが流行っていて、そうした交流会がよくあるそうです(ママ起業家は寒い「虚栄心」)。

それで、名刺交換なんかがあるわけですが、周りが「個人事業主」ばかりの中、代表取締役という肩書の入った名刺を渡したいということのようでした。

税理士からすれば、税金の問題で、「設立登記などにも登録免許税とか定款認証でお金がかかりますし(最低でも20万くらいです)、毎年法人住民税(赤字でも年間7万円かかります)がかかるのでやめておいたらどうですか?」というのですが、話は通じません。

「信用力がちがうんだから」

と逆に説得されたそうです。

コミュニティで何とかななると思っている人たち

感情的なバカに話は通じない

バカに話は通じない、これを早く悟るほうがよりよく生きていくことができます。

たとえ高学歴であろうが、現在の役職がそこそこであろうが、バカな人はたくさんいます(経歴というものは金銭である程度操作できるフシがあるので、それそのものは実力を完全に示すものにはなりません)。

一番たちの悪いのは、感情要因なのに知識で武装している人たちです。

宮崎哲弥さんの言葉の奥には、「特定の政党の人なんかとのバトルの中でそう悟られたのだろう」と勝手に思っています。

昔の話ですが、考えてみると僕の怒りの奥には相手への期待がありました。

何とかいろいろな方向から話せば相手は理解してくれるだろうと。

しかし、無理なのです。

相手が議論の奥にある感情を軸にしている限り、どんな話をしても通じません。

一生かかってもいいくらいの覚悟があれば何とかなるかもしれませんが、別に相手に変わって欲しいとも思わなくなりました。

自分の幸せに相手の状態は関係ないからです。

では、バカではない人とはどんな人でしょうか?

それは、最適なゴールに向かってプラスになる議論だけをする人です。

先ほどの「別れ話の時に弁護士を使って誓約書を書かせようとする人」は、相手を条件としながら、自分の都合だけ、自分の今の感情だけを優先して議論を進めようとしています。

ただ、もう少し抽象的に考えれば、「自分が幸せになる」というところから考え始めることができるはずです。

さらに他人を含めるのであれば、「関係者全員の幸せ」に目標をセットするのが理想的です。

そう考えると、「相手に誓約書を書かせる」なんてな議論にはならないはずです。

ともすれば、相手のアラを探し、パワーバランスで勝って自分都合の交渉を有利にしようとするケースが目立ちますが、本来すべきなのは、そんな交渉ではなく最適な方向性の模索です。

うぬぼれの強い人々

背後の問題 曙光 523

Category:曙光(ニーチェ) / 第五書

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