タグ別アーカイブ: 哲学

哲学分野

あきらめるが正しい

あきらめるが正しい

「学ぶは『まねぶ』からで、結局マネすることです」と、かなりの頻度で引用されます。 安易にこの言葉を使う人は、「ほら、俺を真似ろよ、俺を尊敬しろよ」と数%は思っているのではないでしょうか。 よく方法論ばかり解説する人がいますが、別にそれを取り入れて体感してみるのはいいのかもしれません。 しかしながら、うまくいかないことが多いように思います。 そんな話は古本屋で100円で売っている 試してみる人用にカスタマイズされた方法論でもなければ、時代

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空(くう)アリ

空アリ

空アリという駐車場の看板についてです。 論理上はイエス/ノーで二元論化している空間でのお話です。 つまり埋まっているのか空いているのか、ということです。 コンピュータの世界では、0と1の2進法でほとんどのことが表現できてしまう。 しかし、こんなことが本題ではありません。 仏教では「空(くう)」と読み、あらゆる事物は固定的な実体性を持っていないと説きます。 いきなり「空」について触れてしまうと、それだけで終わってしまいそうなので、エッセン

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「コギト エルゴ スム」と「意」

胡散臭いコンサルに「好きな言葉はなんですか?」と聞いた時に、デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」が出てきました。「コギト エルゴ スム」というものです。 方法序説に出てくるものですが、本来「コギト エルゴ スム」は「私は考える、だから私はある」の方が適切な訳だとか聞きますね。 十代の頃に同じようなことを考えていたのですが、昔々にデカルトくんが言っていたようです。ちなみにコギト エルゴ スムは、単に「コギト」と言われる時もあります。 コ

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パッケージプラン

世の中にはわからないことがたくさんあります。 でも、本当にわかる必要があるのか疑問に思ってしまいます。 考えることは楽しいことですが、それは思考実験だけでいいのではないでしょうか。 哲学することは、おそらく頭を使う分野では一番楽しいことだと思っています。 いまでは、こだわりをなくしましたが、以前はかなり頭が固まっていたと思います。 でも、それもプロセスなのかもしれません。 いろいろなことに迷いもがくことも、もしかしたら演出かもしれません

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純粋な知性

本能的なものというのは無駄がなく知性的です。 ニーチェがそんなことを言っていました。 純粋に本能的なものほど、知性を感じたりします。 植物たちの無駄のない生き方、感情によって他の生き物を無駄に殺生したり傷つけたりしない動物や虫たち、そうした自然界の生き物たちの本能的な知性は非常に知性的です。 本能レベルを超えた無駄な思考 一方、人間においては本能レベルを超えた無駄な思考があります。そうした思考の結果は非常に非合理的であり、知性を感じませ

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精神的ストレスを解消???

「精神的ストレスを解消しましょう」 よくそんなことが説かれることがあります。 「体の不調は、精神的ストレスが原因となることもあります。だからストレスを発散しましょう」 そんな事がよく語られています。 しかし、そもそもストレスは解消する性質のものではありません。 ここが世間の勘違いです。 うつに関する話題となるとすぐに「精神的ストレスを解消することが大切です」という話が出てきます。 しかし、「解消する」というのは少し本質からズレています。

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矛盾とパラドクス

矛盾とパラドクス(パラドックス)について書いていきましょう。 今回は、中学生のグレる要因である大人の矛盾について語るわけではありません。 少し学術的で、哲学的な感じです。 矛盾とパラドクスは、論理に関する重要な概念であり、それが人の話を聞くときであれ、一人で行う思考実験であれ一応押さえておくべき概念です。できれば二律背反(アンチノミー)やナンセンスについても考えていきたいところですが、今回は矛盾とパラドクスを中心に考えていきましょう。

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