ベースを手に取ってから人生は大きく変わったと思います。基本的には良い方に変わったような気もしますが、それ以前の「プレーンな状態」の時、僕はどのように過ごしていたのかということを思い出そうとしてみました。
楽器を演奏する視点ではなく「リスナー」としての感覚等々も含めてという感じですが、その頃は空き時間に何をしていたかということ、そしてどのような趣向があったかということをもう少し具体的に思い出そうとした、という感じです。
先日、水野敬也氏の本を読んでいると、十代の頃に没頭していたものがやや角度は異なれど彼と重複しており、彼でいう鉄拳が僕にとってのMarvel Super Heroes vs. Street Fighterであったというような感じで、もう一つの方(XX漫画)まで重複していたという感じで爆笑してしまいました。
ちなみに本題とは全く関係ありませんが、僕の中ではゲームの影響でMarvelはマーヴルなのですが、先日、娘の友だちのお父さんがマーベルと呼んでいたので「?」となり、調べると、最近ではマーベルと呼ぶようです。
というより普通に読むとマーベルなので、当時なぜマーヴルスーパーヒーローズと表記されていたのかは謎です。しかし個人的な長年の読みはマーヴルスーパーヒーローズなので、今後もマーヴルと呼ぶことになると思います。
こんなことを思い出すきっかけなったのが、「妻がパラッパラッパーのTシャツを着ていて、結局、家族みんなでパラッパラッパーをプレイすることになった」という流れです。
娘のスイミングの「やや年配の水泳のコーチ」もパラッパラッパーに反応していたようなので、同世代前後はすぐに反応するようです。
当然僕もパラッパラッパーはそこそこやり込んでおり、当時のことを思い出した+水野敬也氏→鉄拳→マーヴルスーパーヒーローズということから、ベースと出会う前の僕はとりあえずゲームばかりしていたということを思い出しました。
そして、次が重要なのですが、「僕は調子が良い時は決まってゲームをしている」という相関関係があることを発見しました。
それは「ほどよく現実世界に目を向けないから」ということになるのかもしれません。真面目さや真剣さがほどよく消えるという感じですね。
そしてMarvel vs. Capcomの超必殺技集などを見ていて思い出したことがあります。
あ、ああああ…
となったのですが、Morrigan(モリガン)、そしてダークネスイリュージョン…
これをみて、「モリガンになりたい」という少し不思議な気持ちを持っていた小学生~中学生当時のことを思い出しました(その時はマーヴル系ではなくヴァンパイア系の何かのゲーム)。
「モリガンのような子がタイプ」というものではなく、モリガンになってダークネスイリュージョンで誰かを倒したいというようなよくわからない願望です。
通常、そのタイプの願望は、豪鬼の瞬獄殺に集約されるのが一般的ですが、僕の場合は、モリガンのダークネスイリュージョンだった、というところに、一種の変態性があるのかもしれないということを思いました。
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追われるようなものはもちろん、一極集中して熱中するものもなかったので、それだけ純粋に物事を楽しめていたような気がします。
