陰風に眼くらみて

人は主に視覚情報を頼りに外界を判断していると言われたりもしますが、もちろん聴覚や嗅覚、味覚、触覚なども頼りにしていたりします。

視覚の比重が高いからこそ動画や画像を見て美しいものであると捉えたりもしているのでしょうが、実際に実物はそれにニオイというものも要素として加わってくるわけです。

たいていの場合「ニオイ」というと、良い匂いによる加点よりも臭さによる減点の方が大きい感じになっています。

という中、動画などにおいては視覚と聴覚の情報はやってきても嗅覚情報はやってきません。だからこそ実際よりも美しく感じてしまったりするのでしょう。

しかし本質的にはそうしたものも含めて慈しむというのが理想的なあり方です。

数年前に生け花展に行ったときのことです。

個人的に生け花は素人ですが何故か招待券がやってくるので向かうことにしました。

広々とした会場においては特に何事も起こらなかったのですが、こぢんまりした和室に足を踏み入れたときのことです。

目の前にはおばさんが10人くらい正座気味で座られていたのですが、

「たくあんのニオイがする!」

と軽めに叫んでしまいました。

そして

「誰かたくあんの汁こぼしてない?」などと生け花展に連れて来てくれた同伴者に聞いてみたりしました。

僕の頭の中ではこの和室の間において、誰かが昼食を取り、たくあんの汁をこぼしたのだというような推測が巡ったからです。

それかたくさんの人が弁当を食べたのち、ゴミがどこかに積み上がりつつ、大量のたくあんが残されている、くらいしか可能性としては考えられませんでした。

ニオイの濃度としては、飲食店のテーブルに置いてある茶色のツボに入っているたくあんのすべてが一度ひっくり返り、雑巾で軽く拭き取った程度の濃度でした。

「んあ~???」

となったのですが、あたりを見回してもどうやらそうした食事の形跡はありません。

それどころか、おばさんたちはどうもバツの悪そうな顔をされています。ある人はうつむき、ある人は申し訳無さそうなやや苦い顔をされていました。

ということで、同伴者に少し引っ張られる形で和室から出され

「あれは…その…」と説明し難いような空気を出されたりしました。

「たくあんやろ?違うの?何のニオイ?」

と聞くと

「百貨店の一階の…女子用の…」

ということのようでした。

「んあ?」

室内から出た僕は小学生男子のごとく「んあ~」となりながら、「そうか、ジョゼフィーヌ以外にもパターンがあるのかぁ」と一人考えました。

スカートの中で充満し、和室において正座気味になる途中、高濃度のたくあんフレーバーがモワッと排出される様子などをイメージしてしまい、合点がいくとともに少し笑ってしまいました。

「もしかして何かしら傷つけてしまったのかなぁ?」

「何人かはショックを受けてるかもしれないよ。でも仕方ないと思うよ」

ふーむ。まだまだ知らないことは多そうです。

しかし大は小を兼ねるということで、既に「ジョゼフィーヌでもかまわない!」ということは、「たくあんでもかまわない!」を包括しています。

それはそれでいいじゃないか、人間だもの。そして動物だもの。

たくあんの如し陰風に眼くらみて。

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