動静を見んためならば

今年夏の爆睡ツアーについてはまた後日投稿しようと思いますが、先日爆睡ツアーに行ったときのことです。 夜中に母から電話がかかっていたようなので、翌朝にかけ直してみると、 「豪雨がすごいよ。そっちは大丈夫?」 というような連絡でした。 「まあ結構降ってるけど、別に大丈夫」 と言うと 「テレビで見たら熊本がすごいことになってるよ」 と言うので、 「テレビは見ないからわからないなぁ」 と返してみました。 すると 「少しくらいは気にしなさい」 と言われてしまったのですが、テレビはおろかパソコンやスマートフォンなどすべての光を

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葦(ヨシ、アシ)

葦(ヨシ、アシ)

葦(ヨシ、アシ)は、イネ科ヨシ属の多年草です。簾(すだれ)のひとつ簾葦簀(よしず)に使われている植物です。川辺や湖沼の水際、湿地等々水辺によく生えています。表記としては葦の他、芦、蘆、葭などが使われることがありますが、一般的には葦です。芦毛の芦、蘆山寺の蘆(一般表記は廬山寺)、葭屋町の葭ですね。 イネ科丸出しの植物ですが、稲などよりも草丈が相当高い感じです。人の身長を越します。この葦は地下茎が伸びる形で群生します。節からひげ根を出して繁殖します。 「人間は考える葦である」というパスカルの「人間は、自然のうちで最も弱

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大丈夫は義を重しとす

「義」というものは、統制のためにMr.脳筋の思想が取り入れられたものである部分が多少なりとあります。しかしながら、そうした思想的なものがなくても、義を重んじるというところは大丈夫としてのあり方としてある程度自然に成り立っているフシがあります。 そうした義について、それを崩してしまうものの代表例としては、概ねムラムラによる錯乱と「女の入れ知恵」です。 男同士の友情において「友情が崩れてしまう」という局面において垣間見れるもの、それはたいていそうした「ムラムラによる錯乱と入れ知恵」です。 義崩れるところに弱体化あり 義

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多羅葉(タラヨウ)葉書の木

多羅葉(タラヨウ)葉書の木

多羅葉(タラヨウ)は、モチノキ科モチノキ属の常緑高木であり、葉書の木と呼ばれています。 20cmほどある椿系の肉厚な長楕円形の葉は、傷をつけるとその部分が黒くなり文字が書けるということから葉書(ハガキ)の木、郵便の木として知られています。 文字が書ける多羅葉の葉 表面に傷をつけるとその部分が黒くなり文字が書けるということから葉書の木、郵便の木として知られる多羅葉(タラヨウ)の葉。葉の大きさもそこそこあるため、「手習いの木」として文字を書く練習に使われていたようです。 戦国時代に武士がこの多羅葉(タラヨウ)の葉を利用

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紫陽花(あじさい)

紫陽花(あじさい)

紫陽花(あじさい)は、アジサイ科アジサイ属の落葉低木です。言わずと知れた梅雨の風物詩であり、いたるところで育てられたりしています。八仙花や七変化という別名もあります。 土壌のph値によって花の色が変わる形になり、赤から青(赤紫から青紫)の花を咲かせます。 こちらはやや白っぽい紫陽花。 萼が大きく、装飾花と呼ばれる花弁状の萼の方が花のような感じがありますが、中心の細かな両性花がメインの花です。 紫陽花の大きさ 木の高さは1mから2mくらいあります。育てている環境にも依りますが、結構な大きさになります。 人の身長くらい

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ルドベキア・ヒルタ 粗毛反魂草 アラゲハンゴンソウ

ルドベキア・ヒルタ 粗毛反魂草(アラゲハンゴンソウ)

粗毛反魂草(アラゲハンゴンソウ)ことルドベキア・ヒルタ(Rudbeckia hirta)は、キク科ルドベキア属(オオハンゴンソウ属)の多年草です(一年草・二年草扱いされることもあるようです)。北米原産で、荒れ地や草原、あまり木々が密集していない林などに自生してるようです。 単にルドベキアと呼ぶ場合もありますが、ルドベキアは属名であり、植物名ではないようです。 花期は夏から秋で、黄をベースとし中心が茶となるようなキク科らしい花の付き方をします。 粗毛反魂草と反魂草と大反魂草 反魂草という名から、すぐにペルソナシリーズ

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をさなき心を肯け給はんや

中学校に上がる時、他の小学校からやってきたメンバーなどおらず、自分がいた小学校のメンバーだけのまま中学生になっていたらきっと「自作すごろく」のメンバーたちと一緒にシミュレーションゲームなどを開発していたんだろうなぁと思うことがあります(眠る感覚との再会)。 そこには人と人との仲を保ち、膨らませる共同創造の要素があるからです。 ― 僕の友人の一人に、婚姻直前で婚約破棄ということが数回、その後見合いなどをするも数ヶ月で破綻ということを繰り返していた人がいます。 また、「実質上破綻している夫婦の方が円満な夫婦を遥かに凌ぐ

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兄弟の盟

みどりのマキバオーにおいて、たれ蔵は別格として、サトミアマゾンの次に好きなのは実はピーターⅡだったりします(突然現れたマキバオー)。たれ蔵のライバルの一頭アマゴワクチンの全兄ですが、好きというよりも何だか親近感があるという感じです。兄というものはそんな感じなのでしょう。 ― 兄弟というものは不思議な関係であり、友人とはまた一味違った関係性を持っています。 家庭にもよりますが、世の中で唯一わかり合える部分を共有している存在であるという場合が多いのではないでしょうか。 兄の気持ちは兄にしかわからず、弟の気持ちは弟にしか

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問ひわきまふる心愚かならず

質問の仕方によって、その人が何を考え奥にどんな目的を持っているのか、ということや知能の程度がわかったりします。 抽象的な質問の仕方では返答する相手が対象の特定に困ってしまう、ということで、抽象的過ぎる質問は避けるべきであるということもありますが、あえて抽象的な質問をすることによって、無意識に潜む想念を表出化させるということもあるので一律には論じえません。 ただ、抽象的な質問をしておきながら、対象を特定するため、つまり具体化のためにこちらから質問をすると「質問に質問で答えるな」と言い返してくるような人がいたりもするの

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見る所を忍びざるは、人たるものの心なるべければ

令和という時代になってからというもの、「ギムキョな感じ」がどんどんしてきました。義務教育の成れの果てとしか表現できないような、人を制限すること、人に負担させることしかできず、創造性に欠けているような方法論が蔓延しています。 まあ大体はみんなで目標を達成しよう系のものが出てきた時は、何かしら反発がありそうな取り決めの前フリだと思っておくほうが賢明です。 「こうですよね?あなたもそう思いますよね?じゃあこうしましょう」 という交渉の仕方です。 まあそうしたものは昔からありますが、愚化され飼い慣らされたということなのか、

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思ひがけずも師を労はしむるは

細かいところまで考えれば「意図せずとも不測の事態が起こる可能性はどこかしらにある」という理からは免れることができません。 どれだけ対策し、予防していたとしても、やはりたくさんの要素において不確定要素があるため不測の事態が起こりうるという感じになっています。 完璧や成功というものは何かしらの基準に基づく判断であり、基準のあり方によって「完璧である」とか「成功した」という感想が異なってきます。 というような構造がある中 「うっかりしてたなあ」 というような事態が起こった時に、「総合的な面でどういう状況を生み出すのか?」

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