湯ひとつ恵み給へといふ

かなり昔のことですが、ある時バイト中

「おい、もっと熱い湯をもってこい!」

といきなり客に怒鳴られたことがあります。

「こんなぬるい湯じゃ茶を淹れられないだろう」

というのですが、用意していた茶は煎茶であり、僕たち側としては煎茶の抽出に最適な70℃から80℃くらいの温度にしておいたのですが、相手には伝わらず、

「手を抜きやがって」

などと言われたという感じでした。

カップラーメンなどを食べるというのであれば「ぬるすぎるだろう」というのもわかりますが、茶のことに関して京都と静岡で強気に出るのはご法度、というような感じがしてしまいます。

そうなると京都人らしく「よくもまあ京都でそんな強気に出ることができるな。それも余所者であるから致し方ないことであり、余所者であるからこそ激昂もできるのであろう」というような気分にもなってきます。

「もし言うにしても普通に言えばいいのに」

とも思ってしまいます。

しかしそんな感じで思っていては京都人らしからぬ態度となってしまいます。

そんなことはおくびにも出さず、「失態をご容赦くだされ」と慇懃な対応をしなければなりません。そして事を終え、扉を閉めて胸の内、「阿呆でおじゃる」と臍で茶を沸かすのが京都の流儀ということになります。

余所者が、湯ひとつ恵み給へといふ。

我手を下さずとも理が渋くあたるであろう。

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