人生で一番良かった時期

若者をつかまえては「人生で一番良かった時期はいつですか?」というような質問を投げかけ、何かしら回答をしようものなら「過去を振り返ってはいけない。『今』と言わなければならない」というようなことを繰り返している体育会系の人がいました。

その脇で一連のやり取りを数回見たことがあるのですが、毎度毎度、「別に『人生で一番良かった時期』というものは、それぞれの時期でそれぞれの良さがあるのではないか?」と思ったりしました(というより質問自体が根本的に過去形ですけど…というのは置いておきましょう)。

とりあえず今が最高だと言わねばならない、最高だと言える今でなければならない、という感じは理解できなくもないですが、どうも脳筋感がします。

あえて珍回答をすると、どうせ認識的なもの、記憶的なもの、イメージ的なものなので、理屈上「未来」でも良いはずです。

「人生で一番良かった時期=未来」でも、哲学的な「時間」の性質上、回答は成り立ちます。

というトンチ的な発想を含めて、その人の「過去を振り返ってはいけない。『今』と言わなければならない」という誘導尋問的問答は、それを言いたいがための自尊心回復行為にしか見えませんでした。

どこぞの誰かの講演で聞いたのか、自己啓発セミナーで聞いたのかわかりませんが、その程度で思考で止まっているというのは面白みがありません。

最高だと言える今にしなければならない、というのもわかりますが、小学生の時に友達みんなで自作すごろくを作って遊んでいた時期や、中学生の時に自転車で歩道橋を走ったりしていた時期、バンドメンバーを代表してドキドキしながらライブハウスに電話した高校生の時、それぞれに良い思い出があります。

ただ、瞬間的な切り取りであれば、嫌な瞬間というものもたくさんあります。例えば、どの時期であっても腹痛はゴメンです。

何となくふさぎ込んでいた時期もそれはそれで良い

何となくふさぎ込んでいた時期であっても、バイト帰りに公園で音楽を聞きながらボーッとしていた時については、それはそれで良さを感じます。

そういえば先日、ちょっとした過労+睡眠不足が連続した関係からか、十年以上ぶりに激しい動悸を経験しました。氷嚢を胸に押し当てられているくらいの縮こまり感と共に、1時間近く動悸が続きました(その後数日間怪しさはありましたが、今ではピンピンです)。

そうした体感からか、何となく19歳ごろの気持ちを再体験しました。そしてその後体の回復に合わせるように、1週間程度ごとに19歳、20歳、21歳頃の感覚を順に経験するような形になりました。

タミオヘッセ現象

そうなってくると― これは僕特有かもしれませんが、「『すばらしい日々』か『イージュー☆ライダー』を聴きながらぼーっとするか、そうでなければ何にもなりたくない」というような「奥田民生=ヘルマン・ヘッセ現象」が起こります。

眠ることすら拒否するような感覚です。

その感覚は、その感覚で味わい深いものがあります。

「世の中の問題は99%お金で解決できる。世のほとんどすべてのものはお金で買える」というようなことを言う人もいますが、「人生の素晴らしさの99%はお金で買えない」ということを言い返してやりたい気持ちになってきます。

そんな気持ちすら思い出がもたらした珠玉の感覚です。

「ほら、この感覚はお金で買えないだろう」

というようなことを二重に思ったりしてきます。

それぞれにそれぞれの良さがある

「人生で一番良かった時期はいつですか?」

と聞かれても、「それぞれにそれぞれの良さがあったよ」としか言えません。

小学生の頃であればアニメを観て「危ない、もっと右に右に」と手をかき分ける仕草をするレベルにその空間に没入できていたりしました。幼稚といえば幼稚かもしれませんが、今はそれくらいにのめり込めるような感覚はありませんし、ちょっと羨ましかったりします。

というようなことを含めて、それぞれにそれぞれの良さがあります。

さらに言うと、これから起こることの様々な可能性範囲を考えれば、その時間軸は今のみならず前後方向にどんどん伸ばすことができます。

先端をどんどん未来へと伸ばすことで変化する印象

今現在が楽しいと、振り返る過去も良き思い出になったりします。もちろんモノにもよりますが、たいていの思い出は今の自分にプラスに働いていると印象づくものです。

また、未来が楽しいものに思えると、今現在行っている事が楽しいことに思えたりします。楽しく過ごす未来の自分から見れば今の自分は過去の自分のようなものであり、「あの頃も楽しかったなぁ」と思える「あの頃」になるからです。

しかしながら、例えば「過去が楽しいものだった」ということを今現在楽しくない自分が振り返ったとすれば、ギャップの分だけ単に苦しさをもたらすものになりかねません。悲嘆の材料になるだけです。

「あの頃は楽しかったなぁ」と思ったとしても、それは嘆きや落胆にしかならないという場合もあります。

そうしたものを防ぐためにということであれば「最高だと言える今でなければならない」というのもわかりますが、その先端を「今」よりもさらに遠い未来、明るい未来に向けてすべてを包括しても良いわけです。

というような感じなので、「人生で一番良かった時期はいつですか?」というものには愚問感があり、とりわけ、質問者による押し付けがましい回答、「過去を振り返ってはいけない。『今』と言わなければならない」というようなものは愚答的に見えてしまいます。

Category:miscellaneous notes 雑記

「人生で一番良かった時期」への3件のフィードバック

  1. ぼっすーさん。

    お久しぶりです!

    人生を冷静に振り返っても人生でよかった時期が見つかりませんでした。
    瞬間的にはあったかもしれません。

    なので未来が「よかった時期」として取り扱えるなら、なんとなく希望を感じました。今度から人生でよかった時期なんてなかったなぁと自己憐憫に入りそうな時に、未来を「よかった時期」にしておこうと思います。

    1. はるさん、お久しぶりです。

      退職して旅に出るような感覚で、ちょっと肩の荷が下りて、少し先にある旅に少しワクワクするような、そんな感覚を大切にしてください。

      今以降に受け取れるものは、今以降にあるので、どんどん未来にも置いてください。
      でも待つ必要はないので、常に今肩の荷を下ろしておけば良いというような感じになります。

      1. ぼっすーさん。
        ありがとうございます。

        旅かぁ!よいですね。

        まったりゆるっとやって行けたらいいなって思います。

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