確実に見たかどうかを繰返し自分に問い質してみよう

なんだかんだで思い違い、記憶違いということは未だによくあり、自分自身が見たもの、見た記憶を信頼しきらないことにしています。

「確実に見たかどうかを繰返し自分に問い質してみよう」ということで、テストがてらコンビニに貼ってあるライブ案内のポスターに掲載されていた方々の名前を思い出してチェックすることがあります。

失礼な形になりますが、たいてい自分の知らない方々の名前は変な形で記憶しており、ほとんどの場合で間違えます。

名称の記憶

特に名字と「人の名前ではない名詞」やカタカナ語が組み合わさったようなパターンの場合は高確率で記憶違いを起こします。

また、それとは別ですが、馴染みのない外国の方の名前は、どっちがどっちかわからなくなり、錯乱することがあります。

一種の誤解」で触れていましたが、オイゲン・ヘリゲル氏なのか、ヘイゲン・オリゲル氏なのか、トーベ・ヤンソン氏なのか、トーヤ・ベンソン氏なのかがわからないという感じです。

トーベ・ヤンソン氏については、洞爺湖やジョージ・ベンソン氏に引っ張られている感があります。

ちなみにあまり関係のない話ですが、先日、恐竜ザウルスではなく恐竜サウルスであることを知りました。

なお、通称「猫のガム」こと駄菓子屋で10円で売っているガムは、フェリックスではなくフィリックスであることは数年前に知りました。

祝五周年」で触れていた、人物名が「早川さん」→「白川さん」→「白崎さん」と変化していく友人を笑っている場合ではありません。

ということで、「システムや機械の利用と依存」で触れていたとおり、特に人名については注意をしています。

疲れがもたらす言語への作用

そういえば「取引先の人の疲れ」というものもそのような感じで垣間見れることがあります。

フランクに接しているので、たいていメールの冒頭に「お疲れさまです!」とつけてくださるのですが、

先日「お連れ様です!」と居酒屋のようになっていました。

そういう感じがあえて定型文的でなく人間らしくていいなぁと思ったのですが、つい先日のことで言えば次のようなこともありました。

玉ねぎの表記

玉ねぎの表記

温かみを感じてしまいます。

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