最近やたらとAI関連の業者から営業メールが来ます。
「AI、活用できていますか?」というようなものが多いですが、「そういうイベントがありますがどうですか?」的なやつも多いですね。
そういうものを含め情報価値というものは、かなり希釈されつつあり、容量で言うと、本当に価値があるのは「50ml程度」であるのに、1000mlくらいにかさ増しされているようなものが多くなりました。
さらに、そんな少しの価値に関しても、部分的なものが多く、全くのハズレという場合もよくあるように思います。
一度、情報を探すのでもなく、流れてくるものを受け取るのでもなく、黙って座ってみるということをした方が良いのではないかと思うことがよくあります。
それで、浮かんでから動き出すというような感じです。
承認を求めた発信
特にインターネット上に限らず、ある意見というものは「自分の選択を肯定したい」という面があるので、承認を求めたような話になります。
例えば、それはきっと〇〇という症状だ、とか、ある薬が効いたとか、そう言う話から、胡散臭い占いやスピリチュアルまで、何かしら一回多少なりの効きを自分が感じたというのはいいですが、そこに自己効力感の回復や承認欲求が混じっているので、情報としては考えものです。
子を塾に行かせている人、小さい時から私立の学校に入れている人は、その選択をした自分を肯定したいがためにバイアスがかかります。
いや、情報としては一つの解としてそれでいいんです。
問題は、その情報をどのように受け取るかということです。
「自信がありそうだから」という程度の判断材料で、「守護霊様に聴いてみますね」みたいな胡散臭い、多少なりと頭のバグった人にコンサル名目で数十万円を払うような人がいる、という狂気です。
自分を肯定したいがために、公立校に対して差別的な目で見るようなおじさんが生まれたりするというのも考えものです。
相手は、「自分の選択が誤りではない」ということを必死で肯定しようとして、ムキになっているから自信があるように見えるだけだったり、偏ったデータのみを根拠にしているだけだったりするというところを、冷静に捉えて、話半分くらいでただの一つの解、情報として捉えることができればよいのですが、多数決的なことを正しいと思っていたりすると、そうした人達に囲まれた時に、感染してしまうかもしれない、ということを思います。
ほんの少しの誤解
たいてい変な情報にやられてしまう時、どこか調子が悪いんです。
「体調が悪い」ということが多いと思います。
もっと俗っぽく「病んでいる」というような状態、消極的な状態の場合もよくあると思います。
何とかしようと心がけますが、何とも改善しないので、いろいろな人に相談します。
医者にも相談した、健康診断も受けた、というような場合でも「何ともありません」という回答が来ます。
しかし、明らかに自分は調子が悪い、と。
そう言うときが危ないですね。
ここで前提となるのは、根本的に医療というのは、ハードウェアとしての体のどこかが明らかに機能不全を起こしていている場合に、機能する程度に調整するというところが基準となっているという面です。
そこに少し誤解があるように思います。
「イキイキとばっちりに」とまでは、そもそも目指していないということです。
で、医療側も、その人の不調の本当の原因なんて、わからないんです。わかったとしても解決できない領域だったりするんです。
気持ちにしても体にしても、基本的には緊張が原因です。
でもこの緊張というものは、いろいろな種類がありますからね。
お金のことで困っていたり、身体的な環境等々で困っていたり、職場の人間関係で困っていたり、ということなので、いろいろです。
お金のことで困っているから食をケチっていたりとか、そういうこともありますからね。
「身体的には改善するかもしれないが、気持ちの面でまた緊張する」
そういう行き詰まりがあるんです。
精神科医がしっかりしていればよいのですが、どちらかというと医療行政上それも難しいですね。
ミルトン・エリクソン氏がそうしたように、治療とあらば相手をキレさせまくったり侮辱しまくったりというような方法も平気で取れるような人がいればいいのですが、社会環境上そうしたものは難しいのではないかと思います。
短絡的な原因の決定と誤った解
で、情報について何の関係があるのかと言うと、原因の推測と解について、情報が偏っているんです。
その場合もあるかもしれないが、そうでないかもしれないというところくらいは一応検討されていますが、結構極端に「短絡的な原因の決定と誤った解」の方に行ってしまいやすいと考えています。
それはインターネットやAIの影響です。
その影響は個々人にあるので、人に相談しても、それらに影響を受けた人たちからの情報になります。
ここではっきり言っておきましょう。かなり危ない風潮があるので警鈴を鳴らしておきます。
女性特有のホルモンバランスの話題
女の人というものは、何かイライラしたことがあると、
すぐに、更年期障害や生理を理由にします。
しかし違うかもしれません。
更年期というほどの年齢でもないのに、更年期障害のような症状が出る場合もあります。
そもそも、別の要因で精神疾患とまではいかない程度に、精神症状が出ているだけかもしれません。
そして、本当にホルモン検査をして、エストロゲン補充などで症状が緩和したのなら、そうした治療と根本改善の方を目指してください。
そして、そういうものは医療の領域です。
それをイライラ=更年期というような短絡的な考えをするというのは相当危ないと考えています。
全然関係ない別の精神疾患かもしれませんし、いくつかの症状が当てはまるからと言ってそれだと決めつけるのはよくありません。
なお、余談ですが、産後の骨盤後傾で骨盤内の血流が悪いということが原因のこともあります。
これは血中のエストロゲン濃度が低い場合に、エストロゲンを出すように脳の下垂体から卵巣に司令を送ります。
しかし、司令を出しても出してもエストロゲンが高まらない場合、下垂体のその近くにある扁桃体などが腫れていきます。
司令を出しているのに改善しないので、脳が怒号を飛ばしている状態です。
ファイト・オア・フライトのノルアドレナリンが出ます。
それを落ち着けるためにセロトニンが足りなくなります。
というような場合もあるわけです。
また、潜在性高プロラクチン血症というような症状もあります。断乳後期間が経過しているのに母乳が出る場合はこういうものも可能性があります。
プロラクチンはドーパミンを抑制します。
なので無気力になったり、イライラしたりすることがあります。
セロトニンが不足している時、「触れ合いの時間」で生まれるオキシトシンが、セロトニンの感度を高めて、少ない量でも落ち着けるようにしてくれたりもします。
また、腸が元気ならエストロゲンは再利用されますが、腸が荒れていると、エストロゲンは再利用できず、排出されてしまうというようなこともあります。
女性ホルモンというものは、一応そう言う構造になっているというのが一般論です。
これらは僕でも知っているレベルの話です。
こういうのをすっ飛ばして
更年期でイラつく~ わかる~ のようなことをしているのは危ないと思います。
本当にそうなら婦人科等を受診してください。
そういうのは食生活や運動習慣が原因のこともありますし、もちろん単に日常的に緊張しているというところから来ている場合もあります。
僕は昔から、生理等々を理由にする人が嫌いです。
「わからないから言い返せないだろう」というような卑怯さがあります。
しかし僕の答えは、昔から常に次のようなものです。
「であるなら、それ相応の正しい対策をせよ。私のせいではない」
別に休んだりするのは構わないんです。
そのイライラでう◯このような情報をぶつけられるのが嫌なだけです。
無責任な共感
つまり、短期的な落ち着きほしさに、共感などを求めたり、承認を欲したりなどしていないで、本当の解を探してください。
共感してくれる人というのは、たいていは、無責任だからこそ共感してくれるという構造があります。
赤の他人、知人程度は、共感したところで、それ以上は求められませんが、身近な人の場合、その肩代わりなどをさせられるかもしれないというような恐怖心から、共感の反応ができない場合もあります。
そして家族が共感してくれないからと、また行き詰まり感じるというようなことになりますが、家族だからこそ共感が難しい、「理屈的な仮の解」は受け入れることができないという場合もあるということです。
インターネット場の情報を見て、「スピリチュアルの先生に20万円で見てもらう」という意見に共感してくれと言われても、共感するわけにはいかないというのが実情であり、共感してくれるのは、同じようにスピリチュアルに感染した人たちだけ。
それでも最近の「おすすめシステム」や、自分で入力したプロンプト(指示文)に従ったAI回答は、自分に気持ちいいようにしか回答してくれません。
「危険性や否定的見解も踏まえて回答せよ」ということを「自発的」に入力しないと、「あなたの考えは素晴らしい」ということでAIの疑似共感にやられてしまうことになります。
そういう構造があるということを知っていれば、多少なりと予防することもできます。
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ちょうど今彼女の生理に悩んでいた最中でこの投稿を拝見致しました。
生理で気が立っておりイライラとヒステリーを起こしています。特に生理前が一番酷いです。
私を加害者として扱い、八つ当たりまで出てきます。決まり文句はだって生理なんだもん、だってホルモンに支配されているんだもん、です。
ひしっと抱きしめたり頭を撫でたりすると涙を流しそうして落ち着きます。
でも、僕は疲れてイライラします。大人気なく生理だろうと嫌なものは嫌だと言ったこともあります。口論になりましたけど。
彼女は病院に行くことを嫌がります。理由はしゃべってくれません。しかし、婦人科や内科などとにかく病院というものに通うことを嫌がる性質があります。
やはり、何かしらのネットの記事を読んで自分が悪いわけではないと思っている節があるようです。
生理の期間の彼女はそっとしておくとそれはそれで泣かれて責められるので、諭して宥めるのですが、疲れがきました。
なので先日は放っておきました。寝るときに抱きしめました。そしたら落ち着きました。これが次も通用するかは分かりませんが。
ひとまず落ち着かれたようで何よりです。
まさに今回のテーマに相応しいかもしれない出来事でしたね。
極端に言うと、インターネット上では「共感」、現実社会では鎮痛剤を含めて「薬」がひとつのマーケットになっている面があります。
つまり、イライラや不調は当たり前、ということにしたい風潮があるということです。
それらは本当に症状としてありますが、何の工夫もしない、仕方がない、と、周りに当たり散らすのは問題です。
(ちなみに生物的には、「やや下腹が重い」程度が正常のようです)
当たられる方がかわいそうですから。
婦人科も一つの選択肢ですが、そうでなくてもよいかもしれません。
むしろ精密な検査で「違う」と言われたら「言い訳ができない」というようなものかもしれませんし、そうでもないかもしれません。
どちらにしても、実際に日常生活に支障をきたしているのなら、周りの人に当たらずにどうにかした方が良いとは思います。
血が不足しているだけだったり、根本的に睡眠が足りなかったり、常時接続環境で脳疲労を起こしていたり、腹がおかしかったりということで、要因はたくさん考えられます。
そうした女性特有の生理的な構造が多少なりとあったとしても、脳を含めた各臓器が健康なら体は踏ん張ってくれます。
少なくとも人のせいにしてはいけないと思います。
例えば、10個、良いことをしてもらっていても、1個不手際があるとキレるということならば、やはりキレる方がおかしいです。
キレることがおかしいのではなく、そうした構造を放置していることがおかしいということです。
それがいろいろ試して、行き詰まっているということなら、本当に病院に行ってみてもよいのではないかと思います。
イライラしている人は、どちらかというと相手は助けてくれているにも関わらず、その人を加害者のように扱います。
目の前にいる人のせいにするんです。
「姑がいないから夫に当たる」というような感じです。
僕は、こうした「当たり前なんだ」という風潮や他の疾患を検討しない早合点、それらから起こるヒステリーのようなものがなければ、社会の幸福度はかなり高くなると思っています。
まともではない状態の人が考えた「解決策」、つまり、目の前の人を過剰に裁き、当たり散らし、相手の態度や配慮が完璧ならばこの症状は出ないというような考え方は、明らかにおかしいと思っています。
諸条件が重なり、短期的に症状がきつく出るということはあります。
なので、仕方のないような局面はあるでしょう。
しかし、そうしたことが日常的に、特定周期で起こるのを当たり前に放置しているというのは、やはりおかしいと考えています。
自分も相手も辛いだけの現象を「仕方ないんだ」などと考えられる方がおかしい、と思っています。
返信ありがとうございます。
おかしいですよね。生理というものにかこつけて自分の望みを叶えようとしている節もあれば、生理による不機嫌をそのままほったらかしにしている怠慢も感じられます。
一方で僕は、そんな彼女を悲しく思うと同時に愛しています。確かに、自分の意図せぬところで不機嫌になり体もダルくなり痛みも生じ、結果として僕を苦しめる。これを放っておく行動しか現状取れない。その現実が悲しくなります。彼女は生理でわがままに不機嫌になり、それに対して自己嫌悪しさらに不機嫌になるようです。これもまた悲しく見えます。でも、彼女も万能ではないし、面白いことに命の母の服用をしています。これは僕が先日頭にきて買い与えたものです。彼女は「僕からもらった」ということに喜びを感じているようですが。これが通院を遠のかせたのかもしれません。けれど僕からもらったから飲むんだと言って飲んでいる姿は何だかほほえましく思うのです。それでだいぶマシにはなりました。
彼女は仏教用語で言えば求不得苦が人一倍強いのです。そして諸行無常を真っ向から否定しその理に真っ向から挑むタイプです。僕は以前ほんの少しだけ、僕の哲学のエッセンスを彼女に話したことがありました。その時彼女は「何て虚しいことを言うの?」と言い泣きながら怒ってきました。これは、僕自身も話すことに関して失敗したなと反省しています。
一方で、彼女が仕事のしすぎで帯状疱疹になった時、それでも自分の病気を認められず仕事に躍起になった彼女に対して僕は本気で叱り、「君はおかしいから休め」と伝えたところ、頑なだった彼女が一週間仕事を休みました。そうして帯状疱疹は癒えました。
彼女は本当のところ自分で選択したいけどできないのでしょう。これは子供の頃の家庭環境が影響しています。以前、話してくれました。僕は我慢をして堪えるほどもう弱くはない。彼女に対して、特に生理期(ないしは病気のとき)の彼女に対しては慈悲です。だから、伝えることは伝え言うことは言います。でも、僕もまだまだできた人間ではないのでイライラしてしまいます。けれど、やっぱり彼女を憎めなくて好きなので、今日もまた彼女を抱きしめ頭を撫でます。
文章がまとまってなくてすみません。落ち着くところに落ち着けばいいなと思っています。彼女の全体を考えると不思議と不快感はありません。彼女の一部には困り感を感じていますが。
再度コメントどうもありがとうございます。
厳しい状況の中でも、現実的に動けるというか、言いにくいことでも言うべきことは言うというのは素晴らしいと思います。それこそが本来の慈悲の実践だと思います、
もし身体のことなら身体のこととして捉え、社会的な領域とは切り離すべきですが、体が辛いと追加ストレスを感じないようにと社会関係性の方を問題視するということがあります。
そういうのはやはり違いますからね。
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何より、体調等々より仕事を優先するというということは、極端に言うと、「自分より仕事の方が大切」という歪んだ思考です。おそらく奥には、様々な観念、「特定の概念に縛られた思考の関数」があります。
それらは錯覚です。
イメージで言うと、論理式としては成り立ちますが、「それを選ぶ筋合いはない」というようなことです。
何となく握りしめているものを解放するように、そのばその場の楽さを大切にしてください。
求不得苦や諸行無常への抗いも消えます。
そもそもその抗いのようなものは、存在するのではなく存在しているかのように振る舞う「思考がもたらした錯覚」であるからです。
お二人の幸せを祈っています。
先ほど全て自分の言葉で伝えました。
君の当たり前はおかしいということと、自分の機嫌は自分で取るようにということを伝えました。少々時間もかかり、強い言葉となる部分もありました。彼女は泣いていましたが僕には関係ありません。
「特定の概念に縛られた思考の関数」は確かにありました。しかし、僕には関係ありません。
今後彼女が変わらないこともあるでしょうがそれでも構いません。ただ、彼女が善くなろうとするのならと思い、そして僕自身の心に向き合った結果伝えることにしました。
理不尽に不機嫌になるのも、自分の殻に閉じこもるのも、要は「甘えたくてしょうがない」ということでした。
彼女の姿をたくさん今まで見てきたつもりです。僕自身の視点でありのままの観察を伝えました。
bossuさんの智慧と視点も支えになりました。ありがとうございます。これからも応援しております。
再度コメントどうもありがとうございます。
言いにくいことやわかりにくいことを伝えるということは大変労力のかかることですし、それを伝えられたのは慈悲ゆえにということだと思います。
何かひとつ習慣や思考パターンが変われば、緊張の度合いも変わり、理不尽という結果が起こらなくなるかもしれませんが、それはどうなるかはわかりません。
理不尽や不機嫌は受け入れる必要はありませんが、常にどこかで相手の幸せを意識する視点だけは保っていただければと思います。