相手の教養、知性のレベルに応じて「意図するところが伝わるかどうか」というところが分かれていきます。
ただ、短絡的かどうか、感情優先かどうか、素直さがあるかどうか、というところのほうが本当は大きいのですが、どうしても「いやいやいやいや…」と言いたくなるほど伝わらない時があります。
世の中にはひとつのポジショニングとして「ツッコミ」というものがあります。本来は、自分も相手も傷つけずに、しかも笑いに昇華するという難易度の高さがあるのですが、短絡的に「自分は自尊心を保てる」というところからそちらに行こうとする人が増えたような気もします。
このポジションに立っているつもりで、知性の低さを露呈するという場合がよくあります。
ポジティブかポジティフか
例えば、ある文脈で「ポジティブは間違いでポジティフ」ということを平気で言う人がいます。
それは英語とフランス語、もしくはドイツ語の違いなだけでは?
positiveとpositif、positivですね。
こういう西洋の言語はラテン語からの派生なので、似たりよったりでちょっと違う方言のようなものです。
英語はゲルマン系言語ですが、歴史的な背景からラテン語由来のものもたくさんあります。日本語の中で中国語由来のものが多いようなものです。
「思い込みでポジティフをポジティブだと思っているんだろう」という思い込みです。
そういう場合もありますが、そうでない場合もあります。
特に外来語は「コンマかカンマか。アスタリスクか、アステリスクか」みたいな、何とも言い難いようなものがたくさんあります。どのカタカナ表記で普及したのかというところが大きいですからね。細かいところはどうでもいいんです。
positiveについては、ポジティブかポジティヴかというところもあります。でも細かいことはどうでもいいんです。
歯磨き粉
また、昔何かで読んだり見たりしたのですが、人生で何度も「歯ブラシに水をつけずに歯磨き粉をつけた方が良いのに、泡立てようと水をつける人が多い」というようなことを平気で言う論調に出くわしています。
「成分が希釈される」という方向で、そういうことを言いたいのはわかりますが、「泡立ちやすくするためという目的で意図的に水をつけているのではなく、歯ブラシの先にホコリなり何なりがついていたら嫌だと考え、歯ブラシの先を洗っているのでは?」という予測はできないものなのでしょうか?
おそらくそれを勝手な思い込みで「その方がよく泡立つだろうと考えている」という短絡的な視点しかないので、「いいことを教えてあげよう」的に、「歯ブラシに水をつけずに歯磨き粉をつけた方が良いのに、泡立てようと水をつける人が多いが、水をつけないほうがいい」といきなり言えるのだろうと思います。
実際はどうか知りませんが、もし歯ブラシの先や口に含む柄の部分についた「ものすごく細かいホコリや、繁殖しているかもしれない菌やカビ」を少しでも落とした方がいい、という点よりも、乾燥状態で歯磨き粉をつけた方のメリットの方が高いのであれば(事実は知りません)、それをすべて説明してあげればよいと思うのですが、この手の論調の人はう◯こがでかいですからね、「成分が希釈されるのにバカなだなぁ」マウントで自尊心を高めたいだけですから、そんなところまで考えてはいません。
なので話が通じない
で、こうした人たちに対して、何かの話をしても、意図したところが伝わらないことが多いんです。
以前、マルチ勧誘されている人たちがいて、そのうちの一人が、「それってマルチ商法じゃ…」というと
「違うよ。マルチレベルアフィリエイトだ」
と勧誘側がカッコよく言っていた風景を思い出します。
「構造としては変わらんがな」と思ったのですが、そのカッコよさに押し切られているような雰囲気がありました。
ある言葉に対して、良いか悪いかという判断をするというものではなく、「構造をモデル化して捉える」ということはしないんですかね?
と思ってしまいます。
