あの日、すごく痛かった日のこと

先日、銀行に向かうために商店街を歩いていました。

「あの日は助かったなぁ」

そんなことを思い出しました。

ひとことで少しだけ触れていましたが、一年ちょっと前、奥歯を一本抜きました。

普段行っている歯医者さんが休みで、行くことができないものの一日すら待てないほどの奥歯の歯茎の腫れと痛みがありました。

まあ理由としては、「歯周病で歯茎が腐っていた」というような感じでした。歯石取りなども定期的に行っていましたが、日常的に顎~歯茎への圧力がひどく、睡眠不足も相まって限界を超えてしまいました。

食いしばり、食いしばりとは言われますが、そんなに食いしばっている自覚はありません。しかし、わからない程度に力んでいるのは確かなのでしょう。

日常的に血行不良が続くと、菌に負けていくんですね。

それで、いつもの歯医者さんが休みなので仕方なく、近隣の歯医者に何件か電話してみたのですが、「初めての方をいきなりはちょっと」「予約制ですので」というようなことを言われ、心の底から殺意が芽生えたのを覚えています。

そんな中、新規は取っていないそうですが、一件だけ応急処置をしてくれる歯医者さんがありました。

行ったのは一回きりですが、その時はすごく安心しましたし、痛みも軽減され、本当に助かりました。

(まあいつもの歯医者さんも休みでない場合は、対応してくれます)

そうなると、本当に合理性というのは何なのだろうということを思ったりもします。

個人的にも、合理性を高めて収益率を上げたり、面倒な人は排除するということをさらに加速したいですが、ブラックジャックに出てくる「偉そうな大学病院の先生」のようにだけはなりたくないなぁ、ということをいつも思ったりします。

本当にどうしようもない時は、ちょろっと診察するくらいいいじゃないか、というくらいの軽い感じだけは持っておきたいと思います。

それで、この2日間くらい、異常に顎が痛く、側頭部も痛く、今日は歯茎まで痛くなってきました。

理由は、主に業務において、心底「嫌だ」という気持ちを表面化させたことです。

まあいいかと思っていたことを「まあいいか、ではなく、嫌だ」と徹底的に捉え直すことにしたということです。

端的には、僕の中で「マザコン」と定義しているタイプの気質です。それについてはまたどこかで詳しく触れようと思いますが、簡単言うとこのタイプに当たると、二重拘束に陥りやすくなるんです。

  • 相手の要求を飲むと自分は大損をする
  • しかし相手の要求を拒むと、気まずさのようなものから進捗が遅くなり、それはそれで損失が出る

ということから

相手はその気まずさを解消したければ要求を飲め、ということを成功法則としている

という感じです。

このタイプは自分がストレスを感じたことを転嫁して、「自分にストレスを与えないように先回りして配慮しろ」というようなことを思っています。つまり、狂ったマザコンです。

まあマザコンについては、今回はこれくらいにしておきましょう。

それで、謎の強気な情弱、というまた嫌なタイプにも当たりました。

それからというもの、いっとき頻出していた、胡散臭いAIで作ったような広告のフレーズ

「マジでいうけど情弱どもは~」

というものを、数日間ではあるものの、日常的に呟くようになってしまいました。

そうした感じで、現状の一部の空間が嫌すぎて、それが僕の暴力性を刺激し、三叉神経を興奮させるようになってしまいました。

まあ、特に内言がひどいとかそういうのはありません。

ただ、とにかく痛い、と。

このままでは奥歯だけでなく、その手前の歯もやられてしまう!

ということで、ロキソニンを飲んだりしていたのですが、二日目の今日、ちょうど「あの日の歯医者さん」がくれたものを飲み切る感じになりました。

しかしそれでも、まだ怪しい感じがあります。

見るに見かねた妻が、体の硬い部分をほぐし、さらに痛みのある部分に手を添えてくれました。

奇跡の手のように痛みが1/3くらいになりました。

ちょっとしたオキシトシンパワーなのかもしれません。

「マザコンは君じゃないか」と言われそうなものですが、やはりそうした女性性というか、女の柔らかさを感じるというのは本能的に響くのかもしれません。

相当マシにはなりましたが、今年に入ってからもたまに人に当たられることがあります。

些細なことですが、僕のことをゴミ箱か便器のように捉えているというか、「この人になら何を言ってもいいだろう。何をやってもいいだろう。配慮もしなくてもいいだろう」というような、ことをしてくる人がいます。

近所の人が、「言っても仕方ない上に、今さら言ったところで何にもならないこと」を、手紙でぶつけてきたり等々です。

一応、その場でその手紙は捨てました。

反応しないというのが一番ですから。

回りに回ったくらいで考えると、僕にも何かの要因がありそうなことではありますが、普通に当たってきているだけです。

実務、実利的にうまく進めたいと言うようなものを装って、鬱憤をぶつけているだけ、つまり脳幹の炎症を鎮めるためのゴミ箱扱いをしているという感じです。

まあこれは、数ヶ月前まで残っていた「救済者」のペルソナの残像のようなものなのでしょう(主要ペルソナの統合と役割の再定義)。

Category:miscellaneous notes 雑記

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