うぬぼれの強い人々
われわれは陳列店のようなものである。われわれはそこで、他人が与えてくれるわれわれの特質なものを、自分でいつも整頓したり、覆い隠したり、光に当てたりする。ー 自分を欺くためである。 曙光 385 男女ともにうぬぼれの強い人はいつの時代でもたくさんいます。「うぬぼれがかっこ悪い」ということが問題ではなく、うぬぼれの根底は恐怖心であるという
奇人
その最上の作品や感動をくだらないと見なし、それを打ち明けたり述べたりすることの下手な小心な人々がいる。しかし一種の復讐心から、彼らは他人の同情をもくだらないと見なす。あるいはまったく同情を信じない。彼らは、自分自身のことに心を奪われたように見えることを恥じ、物笑いの種になることに反抗的な快感を抱く。ー これは憂鬱な芸術家の魂の状態であ
物に対して勇敢
生まれつき、人に対しては思いやりがあったり小心であったりするが、物に対しては勇敢である者は、新しい親密な知人たちを憚り、旧知の人たちを制限する。それは、彼の匿名と彼の容赦なさとが真実に成長して一体となることのためである。 曙光 512 動植物には思いやりがあるのに、物にはあまりない、そんなことを言われることがあります。 特に物を粗末に
無政府主義者の産物としての国家
馴らしつけられた人々の国には、依然として馴らしつけられない残余の人々が存外いるものである。 曙光 184 序 「無政府主義者の産物としての国家」ということで、無政府主義(アナキズム、Anarchism)について書いてもいいのですが、政府が正しいわけでも無政府主義が正しいわけでもないというようなことについて触れていきましょう。マジョリテ
同情のお芝居
たとえわれわれがどのように不幸な人に関心を寄せようとも、われわれは彼の面前でいつも何かお芝居を演じている。われわれは重病人の寝台のそばにいるいしゃのあの慎重さを抱いて、われわれが考える多くのことや考えたとおりの多くのことを語らない。 曙光 383 世の中には本音を語る人は少なく、特に京都では本音を語る人は極端に少ない傾向にあります。
誘惑者
正直はあらゆる狂信者たちの偉大な誘惑者である。悪魔の姿もしくは美しい女性の姿をしてルターに接近するように思われ、ルターがあのような無作法な仕方で自分を守るために防いだものはおそらく正直であったのであり、しかもひょっとすると、一層珍しい場合ではあるが、真理でさえあったであろう。 曙光 511 誘惑者ということで、キレイになろうとするよう
老いも若きも
老いも若きも。 楽しめるのが文化系。 ということでプレシジョンベースについてでも書いていきます。 わがパートナー Fender プレシジョンベース 一応初代のベースは、英会話の先生のお兄さんからのお下がりで、今ではお蔵入りですが、その後中3から使っている二代目プレシジョンベースをいまだにずっと使っています。 三代目のジャズベもあるので
いわゆる動機の戦い
そこでわれわれは、動機の戦いを、様々な行為の可能的な結果の比較と取り違える。― 最も効果があり、そして道徳の発達にとって最も宿命的な、取り違えのひとつである! 曙光 129 文末 根本的な動機を探ってみるということを試みた場合でも、頭で考えていては、全然根本的ではないことを「根本的な動機だ」と結論づけで納得してしまうことがあります。
清涼飲料としての誤謬
これはもう清涼飲料水について書くしかありませんね。 一番好きな清涼飲料水は、コカ・コーラが稀に限定発売するバニラコークです。次に沖縄バヤリースのサンサン(サンサントップクリームソーダ)です。 で、ここに挙げたものは何だか限定品ばかりなので、限定ではないものを挙げておくとウィルキンソンのジンジャーエールなんかが好きですね。たいてい酒屋に
キリスト教と感動
キリスト教の中から、哲学的に反対する大きな民衆的な抗議をも聞きとることができる。古代の賢人たちの理性は、人間に感動を思い止まらせた。キリスト教は感動を人間に再び与えようとする。 曙光 58 前半 「キリスト教と感動」ということで、またまたニーチェの好きなキリスト教系の話題です。たいていニーチェがキリスト教のことを語る時、イエスのことで
園芸家と庭園
日本のわびさびはなんですか?と外国人に聞かれたら、 「庭園の朝顔が満開だということで、それを見たいという人がいた場合、朝顔を全て刈り取り、居間の一輪挿しにだけ朝顔を残しておくこと」とでも説明しましょう。 千利休と秀吉の逸話ですね。 さて、園芸家と庭園です。 そんなに育てることが難しくないとされている植物でもすぐに枯らしてしまう人がいる
彼の「個々の物」を知る
はじめてわれわれを見る知らない人の眼には、われわれが自分自身そうであると考えているものとは全く違って見えることを、われわれはあまりにも忘れやすい。印象を決めるのは大ていは目につく個々の物以上の何物でもない。 曙光 381 前半 以前、「優美さがない」の「パーカーとスーツ」で少し書いたことがありますが、見た目で判断する人は実に多いような
確かな助言
慰めを必要とする人々にとって、あらゆる慰めの手段の中で、君たちの場合には慰めになるものは何もないという主張ほど快いものはない。ここには、彼らが再び頭をもたげるような栄養がある。 曙光 380 正確な助言ではなく、慰めや協調のほうが重視されることがよくあります。 基本的には、真っ当な意見よりも相手が落ち着くような意見の方が重要視され、真
ありそうでもあり、ありそうでもない
ある女性が密かにある男性を愛し、彼を自分よりも高いところに祭り上げ、全く内密に百度も自分にこう言った。「あんな方が私を愛して下さるとしたら、それは恩寵のようなものであり、私は恩寵にひれ伏さなければならないでしょう!」― 男性の方でも全く同じことが、しかも余人ならぬこの女性に関して起こった。そこで彼は全く内密に、やはりほかならぬこの考え
夢と責任
「夢は人を狂わせる」 いつもそんなこと言っています。 ただ、すこし注釈を加えると、そうした狂いのもととなる「夢」は他人によって設定されたものであり、他人によって誘導されたものであり、また、たった数回味わった情動の記憶によるものであり、同時に、少ない情報源の中から設定し、夢を設定したからこそその周りが見えなくなっているという構造を持って

きれいな手ときれいな壁
神も悪魔も壁に描いてはならない。そうすれば壁や近所を台無しにすることになる 曙光 378 曙光の注釈によると「悪魔を壁に描いてはならない、すなわち『縁起の悪いことはいうものでない』という格言がある」ということのようです。誰の格言であるかは明記されていません。 さて、きれいな手ときれいな壁です。「きれいな手」に限定されるわけではありませ
空想的な理想は何を推測させるか
われわれに欠点がある場合われわれの熱狂は生まれる。 曙光 377 序 特に○○観戦というものに熱狂する場合、それは宗教の礼拝のような構造に近いものがあります。 単純に何かと同化して現実以外の所に意識が持って行かれているのですから宗教にハマった人とそうたいして変わりません。 さて、「空想的な理想は何を推測させるか」というニーチェお得意の
目的に従って
あらゆる行為の中で、おそらく最も理解されないのは、目的に従った行為であろう。それはいつも最もわかりやすい行為として認められてきたからであり、われわれの意識にとって最も平凡なものであるからである。重大な問題は巷にある。 曙光 127 行動をせき止めているもの、現実の流れを堰き止めているもの、それは思考です。 できるかできないか、そうした
多く眠る
くたびれて自分自身がいやになったとき、自分を元気づけるためにはどうしたらよいか?ある人は賭博場、他の人はキリスト教、第三の人は電気療法をすすめる。わが親愛なる憂鬱病者よ、一番よいことはやはり、実際的にも比喩的にも多く眠ることである!そうすればまた自分の朝をもう一度もつだろう!生活の知恵の芸当は、あらゆる種類の眠りをちょうどよいときにさ
あまりにはっきりと物をいう
完全で軽快な文体は、完全な聴き手に対してのみ許される。曙光 375 末文 僕は特に「尊敬する人」がいないのですが、「すごいなぁ」と思う人はたくさんいます。 そのうちの一人は、合気道の塩田剛三さんです。またもや故人ですね。おそらく一般に認知されている人の中では、人類史上最強の武道の達人ではないでしょうか。 塩田剛三氏 女性、特に女の子に
雑な首尾一貫性
われわれは特筆大書していう。「これこそ特色のある人物だ!」― そうだ!彼が雑な首尾一貫性を見せるとき、それが、どんよりした眼にも明らかであるとき!しかし、一層鋭く、一層深遠な精神の持ち主がいて、高級なやり口で首尾一貫して見せるや否や、観客は、特色のある人物がいるということを否認する。そこで狡猾な政治家は、一般に雑な首尾一貫性で偽装して
忘却
忘却が存在するということは、まだ証明されていない。われわれが知っていることはただ、回想ということはわれわれの力の及ぶところではない、ということだけである。さしあたってわれわれは、われわれの力のこの割れ目にあの「忘却」という言葉を置いた。 曙光 126 前半 なんだか「われわれだらけで読みにくい」と国語の先生に酷評されるほどですね。 さ
自分の美徳から逃亡する
折に触れて自分自身の美徳から逃亡する術の心得がないのなら、思想家など問題ではない!思想家は言うまでもなく「単なる道徳的な存在ではない」のでなければならぬ! 曙光 510 そう言えば最近タイヤの細いチャリの発見率が下がってきました。彼らの中でブームが去ったのでしょう。 「自分に酔いつつ、影響されやすい人」という人は一定数存在します。 純
「自由の国」について
われわれは、行為したり体験したりするよりも、はるかに、はるかに多くのものを考えることができる。 曙光 125 序 確か病中真っ只中の時だっと思いますが、ふと考えたことがあります。 もし、夢の中でもなんでも良いのですが、イメージの世界だけにずっといれるのであれば、現実世界の身体は特にどうでもいいのではないか、という感じのことです。 何だ
恐怖が変われば、安全も変わる
幾度となくお伝えしてきた「白い靴下事件」の舞台、我が母校が今年に入ってからメディア取材を受け、僕の後輩に当たる中学生たちが写真に映っていました。 その時見たものは「蛍光オレンジの靴」です。 こうしたように常識など、どんどん変わっていくものです。 さて、「恐怖が変われば、安全も変わる」です。 状況が変われば恐怖や安全の定義も変わる 状況
支配する
ある者は、支配欲からして支配する。他の者は、支配されないために支配する。― 後者にとっては、それは二つの悪の中で小さい方の悪であるにすぎない。 曙光 181 支配と被支配について考えたわけでもないのですが、世の中の大半の人は、支配されたいという側にいます。おそらく9割以上でしょう。 それは性欲動的なものなのか、意識の中の刷り込みなのか
戦争
現代の大きな戦争は、歴史的な研究の成果である。 曙光 180 「戦争」 こんな思想主義的なテーマのタイトルになるとは、といった感じですが、特別企画なので仕方ありません。 今の現代で戦争といえば、さまざまな歴史的な研究の結果、いろいろな主義ができて、その主義同士のぶつかり合いとして、無駄に戦うということが繰り広げられています。 まあ言っ
願望とは何だろう!
願望ってなんだと思いますか? なんてね。 さてさて、願望の定義なんてほとんどどうでもいいのですが、一応書いておきましょうか。 辞書なんかを引っ張っても 「望んでいること」 とかそんなレベルだと思います。 調べてみると 「願ってその実現を望むこと」と出ました。 比較的ポジティブに「不足に気づくこと」 願望というのは一応望んでいることには
犠牲の価値
国家と君主から個人を犠牲にする権利(司法や従軍などの場合のように)を剥奪すればするだけ、一層自己犠牲の価値が高まるだろう。 曙光 374 まあこれはパラドクスのようなもので、自由を欲しながら、自由にストレスを感じるということがよくあるという感じでしょう。 忙しいと休暇が欲しくなるというのが普通だと思いますが、お金が無限にあったとしても
秘密をもらす非難
「彼は人間を知らない。」― これはある人の口にかかると、「彼は世俗的なことを知らない」ということを意味する。他の人の口にかかると、「彼は異常なことを知らず、世俗的なことをよく知りすぎている」ということを意味する。 曙光 373 曙光を持って帰ってきましたので、曙光シリーズ再開です。 以前は 「本当のことを言ったほうが良いのかどうか?」