あの日奪われた勇気を取り返す旅

趣味というと語弊がありそうですが、僕の一番の趣味は結局人を勇気づけることなのかもしれない、と思うことがあります。

その奥には、なんだかんだで幼少期からたまに勇気を奪われていたからこそ、幼少期~二十歳くらいの自分を助け出すように、また、奪われた勇気を取り返すために、人を勇気づけたりしているようなフシもあります。

そのようなことに気づいたのは比較的最近です。

様々な出来事が重なってそんなことに気づいてしまいました。

なぜ、できないんだろう?

毎年春になると一気に解放が起こることがあります。たいていは冬の疲れの解放に伴うようなものです。

直近の冬場は、コロナウイルス罹患等々もあり、かなり体が弱っていました。

しかしながら今では罹る前の1.5倍くらい元気です。

自分自身はかなり好調だったのですが、弟が不調でした。

体がというよりも精神が参っていたようです。理由はコロナウイルスの影響による社会状況の変化からくる事業の低迷といったところでしょう。

それで相当参っていたようなのですが、母がイライラしだし始めました。

ということで、毎度おなじみ「何とかしてくれ」コールです。

あまりそういうことをすると自立心を奪います。なので、基本的には断っていますが、ひとまず弟から現状を聞いてみることにしました。

現状を聞いた上で、ただひたすら弟を勇気づけていました。

「でも、この感覚はなんだろう?」というような変な違和感を感じながらも、弟は多少元気が出たようだったので、外に連れ出しました。

Official髭男dismのCry Babyを歌ってくれました。

お兄さんは嬉しいですよ。

ものすごく嬉しいですよ。

ということがありながら、東京卍リベンジャーズを観たり、ホワイトノイズを聴いたりしていると、怒涛のように記憶が押し寄せてきました。

急に萎んでしまうその感覚

因果というものは、今の状態がその後の結果を作ります。なので大切なのは過去よりも今です。ただ、過去から引き続いている何かしらの癖があったりもします。

なぜ僕たち兄弟は時折弱気の虫が鳴くのでしょう。

既に因果を断ち切っている僕には訪れません。

でも、弟のその感覚は痛いほどよくわかります。

やるべきこと、やってみればいいようなことはわかっているのに、なぜかできない、その感覚。

別に人に強制されているわけでも社会に求められているのでもなく、自分自身の自発的意志でやってみようと思っていることですら、なぜかできない、その感覚。

勇気が出ないその感覚。

急に萎んでしまうその感覚。

この癖は一体何なのでしょう?

怒涛のように押し寄せる記憶

その後、スロースタートでしたが、僕はいつになく熱がこもってきました。

普段は断るような母の「何とかしてくれ」コールに対して、徐々に「何とかするどころではないくらい、やってやるよ」という気持ちが高まってきました。それがなぜなのかは、あまりわかりませんでした。

そんな時、家族イベント的な時に父に会った時に、やたらと父が僕や母を妨害するような変な出来事がよく起こりました(弟は不在でした)。

その夜、僕の頭はスパークしました。

自尊心の欠落から、抜群の僻み根性、威張り根性を持つ父に、僕たち兄弟は何度も何度も勇気を奪われていたことを思い出しました。

父は自分を越えられると自分が劣等感を感じてしまう、だからこそ、相手を先に潰すということを無意識レベルでやり続けてきました。

弟が時に萎んでしまうのは、彼が弱いわけでもなんでも無く、勇気を奪われ尽くした結果であるということです。

その癖が今でも残っています。

だから僕は、弟を救い出さなければなりません。

弟だからではありません。弟でなくても助けだそうとしたでしょう。

ただ、事情は誰よりも知っています。

なので、僕以上に適役はいないということになります。

結局、あれは何やってん?

その勇気の奪い方は巧妙です。

それは、人が何かに挑戦して、うまくいかなかった時、停滞している時に、「結局、あれは何やってん?」と、鼻で笑うというやり方です。

言われている側は、うまくいっていない、停滞している、低迷している時なのでなかなか言い返せません。

まあ、おそらく同じようなことを、自分の兄(つまり僕の伯父)か誰かに言われてきたのでしょう(僕のおじいちゃん、おばあちゃんの可能性もありますが、その二人は少なくとも僕たち兄弟にはそのような言葉を使いませんでした)。

もしそうであるのならば自分が言われて嫌だったことを人に言うのはいただけません。他人に言うのももちろんですが、歳の幼い我が子に言うなど言語道断です。

僕自身も記憶に蓋をしていましたが、何度も「結局、あれは何やってん?」というようなことを言われていました。記憶としては思春期以降が顕著ですが、幼少期から言われていたような記憶があります。

例えば、バンドのイベント企画がうまくいって、どんどんやっていこうと思っていた矢先、メンバーが抜けて停滞しているような時に、「こないだは盛り上がってたけど、結局、あれは何やってん」というような事を言ったりします。

弟の事業のことで言えば、楽しくチラシの企画をして実際に配布してみたものの、結果があまり芳しくなかった時、「結局、あれは何やってん」と言ってきたりします。

この手の煽り、嘲りで、次に挑戦する勇気を奪っていくわけです。

なぜなら、何度も改良と挑戦を繰り返されると、僕や弟があっという間に自分をはるかに越えてしまうからです。

そうなると、自尊心が欠落します。劣等感を強化してしまいます。なので、そうさせまいと邪魔をしてくるわけです。

挙げ句、こちらがある程度知恵がついてきて、多少なりと論理的矛盾を突いて言い返すと、「反抗期や」などと苦し紛れのセリフを吐いていました。

ちなみに僕は因果を脱する前に、既にそれを突破してしまいました。

一人の力ではありません。良い友人に恵まれて、みんなで支え合いながらこうした大人の圧力に勝ちました。たくさんの本にそうした圧力を回避する方法を教えてもらいました。

父というものは社会の象徴です。世の大人たちの象徴です。

それを友達と組んでやっつけたわけです。

一方、弟はというと、振り返って考えてみると、「結局、あれは何やってん?」とは言われないような事柄ばかりに力を入れていました。

すなわち、世間的には良しとされていて、かつ、難易度が相当高く、世間的にも「うまくいかなくても致し方ない」とされるようなものばかりに目が行ったというような感じでした。

そして、父は、僕や弟がうまくいっても心の底から喜ぶことはありません。スポーツの国際試合なんかで日本が勝つと喜ぶわりに、僕や弟のそれぞれの事業がうまくいくと喜びません。

むしろ困った顔をします。なので、僕にはかなり昔からバレているわけです。

ちなみに、父も昔はそうではありませんでした。

自転車の練習をして踏ん張っている弟を見て、勝手に感動していたくらいです。

まあその当時は、基本的に自分の方が「上」です。

それが、対等に戦えるようになってくるに従い、事前に潰そうとしてきたわけです。

もし、ずっと上でいたいのなら、もっと上に行けば良いんです。

それをせずに邪魔をしたり勇気を奪ったりして、自己保存を意図するというのは、「情けない」ということになります。

僕たちの勇気を取り返す旅

父は僕に対しては、「結局、あれは何やってん?」というような煽りはかなり前からしてきません。

その代わりに矛先になっているのは弟です。

僕としては父と弟の問題であると思っていましたが、本当はそうではありませんでした。

やはり弟だけでなく、「昔、勇気を奪われていた僕自身」や「弟を助けられなかった自分」をも救い出す必要があるというようなことを思ってしまいました。

昔から、後で弟を慰めたりすることはあっても、その場で戦うということはしませんでした。論理的に返すことが難しいという面もありますが、やはり「できなかった」という方が正しいでしょう。

なので、その部分は自分自身で悔やまれるところです。俗っぽく言えば「兄失格」であると思ったりもします。

ということで、「失格の兄」、つまり過去の自分を助け出す必要があります。

過去から今までの間、勇気を奪われた弟を救い出し、同時に、過去の日々の中で「弟を助けられなかった兄失格の自分」を救い出すということです。

今でも弟に「弱気の虫が鳴く癖」があるのならば、それを叩き潰します。

人が立ち上がろうとする時に、何かに挑もうとする時に、それを妨害するような因果があるのなら、徹底的に叩き潰します。

となると、「どうやって?」ということになりますが、やる方法は簡単です。

弟に「劣等感からこちらを潰そうとしてきたこと。それによって勇気を奪われていたこと」を知らせます。

その上で、事業でガンガン稼いでもらいます。

父が何も言えないくらいに、もう潰そうにも歯止めがきかなくなって、自爆するくらいにうまくいってもらいます。

間で必ず横槍を入れてきますが、それは「このままだとうまくいって、自分が抜かれてしまう」という父の恐怖心であり、劣等感であり、裏を返せばうまくいくことの証であるということを弟にお知らせしておきます。

同時に僕もガンガン稼いでいきます。

僕たちは、奪われた勇気を取り返すんです。

それが、僕たち兄弟が勇気を取り返す旅です。

熱く活力が満ちて、楽しすぎることは言うまでもありません。

と、書いていると、弟から「新しい契約がもらえた」と連絡が来ました。

父なら「一件くらいで喜ぶな」等、抜群にやる気を削ぐようなことを言うでしょう。うまくいかれると困りますから。

もちろん、僕は声を大にして「おめでとう」と何度も言っておきました。

特別な嬉しさがありました。

この嬉しさが、「人を勇気づけること」を趣味にしてしまうということになります。

Category:miscellaneous notes 雑記

「あの日奪われた勇気を取り返す旅」への2件のフィードバック

  1. 他の記事でも拝見しましたが、bossuさんのご家庭の事情、思春期の頃大変なことがおありだったのですね。
    以前にbossuさん&お父上のお二人で馬鹿な住民を諭し撃破していたのを拝見していましたので、こちらの記事にあるようなご経験があったことに少し驚きつつも(家族仲が良好だと思っておりました)、その後患ったご経験を拝見したこともあり、やはり良いことやそうで無いこと、苦しみや悩みも沢山経験されているのだなと私が勝手に感じていたことが確信に変わったと言いますか。。
    ただそこからご自身の力で上昇し、立身されている事はご立派ですし、見習いたいです。
    弟様の方は少し大変かと思いますが、bossuさんが居てくださる事、年の一番近い身内でいらっしゃることは大変心強いと思います。
    現に私も他の読者様もbossuさんのお言葉、こちらのブログの存在にどれだけ救われたことか。
    ただ居てくれる事、そこに在ること。
    自分勝手に都合良く駆け込んでいる身で恐縮ですが、以前も書きましたが御守り、安定薬のような救いであります。
    ありがとうございます。

    1. コメントどうもありがとうございます。
      基本的に仲は良いですよ。
      親に完璧を求めても仕方ないですし、とりわけ若い時の親に求めてももっと仕方ないですからね。

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