相手の意識の乱れに少し振り回される疲弊

融通が利かないか、もしくは「さっき言っていたことと違いますが」とか「何度言ったらわかるのでしょうか」と思ってしまうような感じかのいずれかに出くわすことが多くなりました。

混乱といういうよりも意識の乱れ、精神の乱れの中、決まりきった方法論に固執するか、もしくはそのまま混乱を続けるかというような感じになっているような気がします。

狂人ばかりの中にいるとまともな精神を持つ者の側が狂人であるとみなされるように、狂っているのは自分の方なのかと思い、いろいろと流れを再確認してみたりしましたが、やはり狂っているのは相手であったというような感じの出来事ばかりがよく起こります。

例えば先日であれば、取引先に「明日、そちら側に伺います。御社の近くの喫茶店ででも少しお時間をいただければ」と言われたので、「それならば時間的になんとか大丈夫ですよ」ということで了承しました。

しかし当日、「本日、〇〇集合でどうでしょうか?」という連絡が来ました。そこまで行くのに少し時間がかかるような場所です。

「話が違う」

の一言ですが、そういうことだっただろうかと思い、再度メールを確認してみたところ、やはり先のお誘いの感じでした。

しかし、怒りも落胆も生じないほどで、

「しっかりしましょう」

というような感想だけやってきました。

わざわざ指摘する気にもなりません。

しかし話が違うのは問題です。

そうなるとスケジュール的に問題が生じるため、「こちらまでいらっしゃるのが無理であれば電話等にしてください」

と返しました。

結局、車で迎えに来てくださったので、何とかなりましたが、そうした若干の意識的振り回され感に少しばかり疲弊しました。

ツイート並みの散文乱文、意味不明の倒置法などが意識の中で蠢いているのでしょうか、その他行政関連の手続きも、以前に電話で聞いたことと改めて聞いた時とで話が違ったり、新規見込み客からの連絡も社会人とは思えないほどの文の乱れがあったりと、「狂っているのは自分の方なのか?」と一瞬思ってしまうような出来事がよく起こっています。

例えば、「社会人とは思えないほどの文の乱れ」というものに関していえば、次のようなものが先日やってきました。

現在、他社でお願いしているが、AとBをお願いしている。また、CをDとして追加する場合の金額について、金額を見積もっていただきたい。

「論理の問題点を発見しよう」というような、野矢茂樹氏の論理トレーニング101題に出てきそうな文の形式です。

前半の部分については、どう取り扱えばよいのでしょうか、と考えてしまいます。一応うちでの取り扱いの参考を答えておきましたが、他社にお願いしているなら別に議題にあげなくてもいいだろうと思ったりしてしまいます。

「昨日言っていたことと今日言っていることが違う場合の対応」や「乱文からでも相手の意図を推測しなければならない」ということは通常の数倍エネルギーを消費します。ということで若干疲れ気味です。

そういえば先日コメントいただいた時、実はちょうどドグラ・マグラを再読しはじめた直後でした。

改めて読んでみましたが、「狂う」と言われるドグラ・マグラの方が、最近接した相手の精神の乱れよりまだマシです(書いているのは夢野久作氏ですからね)。キチガイ地獄外道祭文を読むほうがまだ楽です。

ドグラ・マグラにちなむなら、こうした現象は、「祭文&GAFA’n’狂」といった感じになるでしょうか。

というような遊びでやり過ごすほかありません。

Category:miscellaneous notes 雑記

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語のみ