撫菜(ナズナ、薺)、別名ぺんぺん草(ペンペングサ)、三味線草(シャミセングサ)は、アブラナ科ナズナ属の越年草、ロゼット状の根生葉で、春に4枚の白い花弁の十字型の花(直径3mm程度)が咲きます。高さ20~40cm。花期は2 ~6月。田畑や荒れ地、道端などどこにでも生える適応力の高い草です。帰化植物のようです。
十字花(じゅうじか)
「十字花(じゅうじか)」と呼ばれる小さな花を多数つけます。この花は無限花序で、下の方で花が終わって種子が形成される間も、先端部ではつぼみを形成され開花していくようです。十字花は、アブラナ科の花の特徴のようです。
ナズナの果実
花が咲き進むと茎も長くなり、穂状にナズナの果実ができます。果実は、逆三角形で先が凹んでいて、ハートのような軍配型です。果実が裂開する時は、膨らんで2室になり、割れて中心から裂け、一方の果皮が脱落し、もう一方も脱落して仕切りだけになるという様子で種子を散布します。
種子は秋に芽生え、ロゼット状で越冬し、春に芽を出すようです。
この撫菜(ナズナ)も、春の七草です。
その種は「肉食」の夢を見るか
ナズナの種子が、実は「食虫植物」に近い性質を持っていることをご存知でしょうか。
種を水に浸すと、表面からドロリとした粘液(ムシレージ)を分泌します。この粘液には、ボウフラや線虫などの小さな水生昆虫を吸着し、死に至らしめる力があります。さらに近年の研究では、死んだ虫から溶け出したタンパク質を、発芽の栄養分として吸収している可能性が指摘されています。「プロト・カーニボラス(原始的な食虫植物)」としての疑い。可憐な春の草花に見えて、その種の中には、獲物を糧にして生きようとする貪欲な野生が眠っています。
世界が見た「羊飼いの財布」
日本では三味線のバチに見立てて「ペンペングサ」と呼ばれますが、世界に目を向けると、全く異なる見立てが存在します。
学名 Capsella bursa-pastoris は、ラテン語で「羊飼い(pastoris)の財布(bursa)」を意味します。逆三角形の実の形を、中世ヨーロッパの羊飼いが腰にぶら下げていた皮製の巾着袋に見立てたのです。東洋では音楽を奏でる道具に、西洋では富を守る財布に。同じ形を見ても、文化によって投影されるイメージがこれほど異なるというのは興味深いことです。しかし、どちらも人々の暮らしに寄り添う道具であり、この草が常に人間の生活圏と共にあったことを物語っています。
太陽を独占する「幾何学」の美
冬のナズナを探してみてください。彼らは茎を伸ばさず、地面に張り付くように葉を放射状に広げています。いわゆる「ロゼット(座禅草)」の姿です。
この形は、冬の弱い太陽光を余すことなく受け止めるための、完璧な計算の上に成り立っています。葉同士が重なり合わないよう、少しずつ角度をずらしながら広がるその姿は、フィボナッチ数列にも通じる数学的な美しさを湛(たた)えています。冷たい風を避け、地熱を保ち、誰よりも早く春の光を独占する。雑草と呼ばれる彼らの強さは、この幾何学的な生存戦略によって支えられています。
「止血」という名の薬箱
春の七草として粥に入れて食べるのは、単なる季節の儀式ではありません。ナズナは古くから、極めて実用的な「薬草」でした。
漢方では「薺(せい)」と呼ばれ、特に優れた「止血作用」があることで知られています。ビタミンKを含み、月経不順や内出血、鼻血などを抑える民間薬として利用されてきました。野原で怪我をした時、ナズナを揉んで傷口に当てるという知恵は、先人たちが経験の中で見つけたサバイバル術です。ただの草ではなく、足元にある救急箱。そう思うと、あの小さな白い花が少し頼もしく見えてきます。
撫でたくなるほどの「愛」
「ナズナ」という和名の語源には諸説ありますが、最も美しい説は「撫(な)でる菜」でしょう。
愛らしい花や実の姿を、思わず撫でたくなるから「撫菜(なでな)」。それが転じてナズナになったと言われます。確かに、あのか細い茎に小さなハート型の実が揺れる様は、守ってあげたくなるような愛らしさがあります。しかし実際には、踏まれても抜かれても生えてくる強靭さを秘めている。私たちが撫でているつもりで、実はその強さに癒やされ、撫でられているのは私たちの方なのかもしれません。
アブラナ科
- アブラナ科アブラナ属 菜の花(アブラナ)
- アブラナ科アブラナ属 蕪(かぶ)菘・鈴菜(すずな)
- アブラナ科アブラナ属 芥藍(かいらん)・芥藍菜
- アブラナ科ダイコン属 大根 清白・蘿蔔(すずしろ)
- アブラナ科アリッサム属/アウリニア属 アリッサム
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