左団扇であるからこそ鐚一文無駄にしない

無料という名目のものは、概ね結局その分どこかで埋め合わせをするように消費欲を刺激するような仕掛けがいっぱいしてあります。その目的にもよりますが、特に企業が運営しているものであればほぼ確実にそのような構造になっています。

お金の使い方としては、ただお金を使うだけの使い方と、お金を生み出すための使い方というような似て非なるものがあります。

単にお金が出ていくだけなのか、それともリスクはありながらも出ていった分以上に返ってくる可能性があるのか、という違いです。

といっても、お金を生み出すための使い方に見えて単なる消費になる可能性が極端に高いものがあります。代表例はギャンブルですが、それ以外にも「よくわからない資格講座」などがあります。ギャンブルは確率論的に考えると元が取れないという感じで、「よくわからない資格」は、構造上「支払った以上に元が取れないことが見えにくい」という感じになります。

そして、よくわからない資格については、結局それをもってなかなか稼げなかったとしても、なぜか自己説得というか、自分で自分を言い聞かせるようにして「楽しかったし、まあいいか」と自分を納得させる方に思考が働きやすいという特性もあります。

そのような感じで、「お金を生み出すための使い方」に見えてトータルで見れば「ただ単にお金を使っただけ」になりがちな構造のものもたくさんあります。

「いやいや多少は稼げたぞ」と思う前に、少し計算の仕方を考えてもらいたいと思う時があります。

それは「最低賃金と比較してどれくらい一時間あたりの所得を増やすことができたのか?」ということです。しかもその計算には資格取得に費やした各種経費と時間を加味しなければなりません。

資格取得にお金と時間を費やしたのであれば、その分を「資格を取得したことで上乗せされた付加価値」から引かなければなりません。

というような感じで考えられる人は、おそらく既にお金を持っているのかもしれません。そしてそのようなことにお金を費やすことはないでしょう。

さて、冒頭の話に戻りますが、無料のもの、特に企業が提供する無料のものには消費を加速させる仕掛けがしてあります。

個人宅前やフリーマーケットにて「どうぞお持ち帰りください」と置いてある物など、そうした「個人レベルの無料のもの」にはそうした仕掛けがしてあることはほとんどないと思いますが、企業のそれには何某かの意図が潜んでいるはずです。

最終的に儲けを出さないと企業が潰れてしまうので仕方がないことかもしれませんが、だいたいは消費欲を刺激し、「人の生活の基準」を刷り込み、前提としての問題を見えにくくしたりしていきます。

以前にも触れていましたが、携帯電話自体がいるのか要らないのかという問題は棚上げされ「どの会社と契約するか」ということから選択・検討がスタートするように刷り込まれていくのです。

だいたいそのようなことを語ってくるものの代表例はテレビです。一応基本的には無料であり、特に無料のチャンネルにはそうした仕掛けがいっぱいしてあると思っておいたほうが無難です。

どんな商品でも基本的には必要なのか否かというところが問題となるはずですが、知らぬ間に「どちらの方がお得か?」といったようなレベルで検討に入っていることも多いはずです。

そう考えると、原則的にお金がかかるもののほうが安全です。テレビドラマを観るくらいなら映画を観ていたほうが安全だという感じです。基本的には映画の方が安全ですが、近年では資金調達のために広い意味での広告目的の要素も組み込まれてきたりしているようですので、若干は注意が必要です。

お金がたくさん欲しい、お金を貯めておきたいなどと思いながら、お金がない人たちがたくさんいます。貯めようと努力したりするのですが、悉く失敗に終わっているという感じです。

理想で言えば、経済活動の本質を捉え、消費者目線から供給者目線や投資家目線にシフトするのが理想です。そうなるとそうした無駄な消費は自然となくなっていきます。それどころかお金の使い方としては、ほとんどの場合お金を生み出す消費というか投資しかしなくなります。

しかし、急にそんな視点に立つことはできないかもしれません。ということで、それまでの間「欲が生まれてから抑制するよりも、根本的に欲が起こらないように工夫をする」というのも一つです。

「一切無駄遣いをしない」ということを決めたり、頑張ったりするよりも、根本的になるべく消費欲を刺激されないようにしておけばいいのです。

それでも消費欲を刺激されてしまった時は「これは自分を釣るための針である」なんてなことを思っておけばいいでしょう。

意識に上げると自分でコントロールすることが可能になります。野放しにしておくと、他人の意図にコントロールされてしまいます。

それは特定の何かを示す言語的な領域だけでなく「欲しいという衝動」の領域までもコントロールされてしまうということになります。

そこには煩いしかありません。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語のみ