1994投稿目ということで1994年…エキサイトステージ94…先日の強制終了…ということで、サッカーの思い出について触れていきましょう。
1993年から1994年頃といえば空前のJリーグ、サッカーブームの到来というような感じであり、当時小学校中学年だった僕の学校でもサッカーが流行しました。友人と「Jリーグ エキサイトステージ’94」を楽しんだり、サッカー遊びのようなことをするような感じになったりしました。
昔からスポーツチームのファンになるにあたって、何を根拠にファンになっていくのかがよくわからず、当時百貨店内に新設されたJリーグコーナーにて、デザイン買いする形で8チームくらいのワッペンを買ってもらったりした記憶があります。
友だちと遊んでいても楽しかったですし、幼心に好きになってみようと思ったりもしました。
そしてリアルなプロサッカーを観てみようということになり、発足したてのパープルサンガか何かの試合を観に西京極に行くことになりました。
颯爽と歩くレジェンド
西京極にて試合前だったか試合後だったかは忘れましたが、競技場の前あたりでサッカー界のレジェンドを見かけました。
といっても僕はその人のことを知らなかったのですが、連れて行ってくれた母が「あ、あの人サッカー界のレジェンドよ」というような感じで教えてくれました。
そして「握手してきてもらったら?」というので、そのレジェンドのところまで駆け寄ってみました。
そして「レジェンドさんですか?握手してください」
と言ってみると…
ケッ!
サッカー界のレジェンドは、「ケッ!」と言い放ち、唾を吐いてポケットに手をつっこみ、猫背になってどこかに消えていきました。
もしかしたら僕の態度が失礼だったのかもしれません。
にわかファン的な空気が出ていたのかもしれません。
でも、さすがにその態度はないだろう、と童心に思ってしまいました。
こいつの空間に入るとこいつより下になる
その時は、言葉にして表現することはできませんでしたが、今、言葉にして表現すると、端的に「こいつの空間に入るとこいつより下になる」というようなことを思ってしまいました。
つまり、サッカーをやるというということは、こいつの空間に入り、こいつを尊敬しなければならないような、そんな気がしてしまったと言うような感じになります。
なんだかそれは「仕事自体は好きでも上司が嫌い」というようなものに通じています。仕事内容やお客さんのことは好きでも職場の上司や会社のあり方自体は嫌いで結局嫌になって辞めるというような感じです。
ただ、このレジェンドのおかげで、「同じ空間に入らなければ、頭を下げる必要もない」というようなことに気づいたりもしたので、まあ結果的には良かったかなぁと思います。
ちなみにそいつは、その後政治家になりました。
その時「やはり社会は腐っている」と思いました。
そしてその後、そいつは金銭的な不正が発覚し、それが原因かはわかりませんが少し後に失脚しました。
「天網恢々疎にして漏らさず」というようなことを思ったりしました。
グッド・バイ・サッカー
ということで、その日から、というより「ケッ!」の瞬間からグッド・バイ・サッカーです。
同級生にサッカー遊びを誘われても断るようになりました。
何人かの同級生はその経緯を聞いて、同じようにサッカーから離れていきました。
タイミング的な問題ですが、それほど「好き」が行き切っていないときだったからこそすぐにさよならができたというような感じになります。
それ自体は楽しかったりしても、それを取り巻く人間がロクでもない場合、続けるか、辞めるかというような気持ちは揺らめきます。
そう考えると、「孤独な人たちの嫉妬」で触れていたバンドの最期の時も同じようなものです。
結局、何かしら信用できないような大人が嫌になり、いつもそれで終わっているような気がします。
信用できない人と出会ってしまった時、そんな時に取る方向性は2つです。その空間で高みにたどり着き、相手を「相手にしない」程度の存在になるか、その空間を遮断するかです。
現在、仕事上ではロクでもない人に当たった時は、「どうぞ、さようなら」ということにしていますし、それで嫌だなぁと思った分だけ、「君たちのようなカスを相手をする企業じゃないよ」という方向に進むべく、企業価値を高めるために力を込めたりしています。
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今となっては、握手せずに終わって良かったと思います。
自分の手が汚れますからね。